蚊によって媒介される熱帯地域のウイルス感染症と致死率、RNAウイルスの代表的な種類④、DNAウイルスとRNAウイルス⑧
RNAウイルスに分類される代表的なウイルスのうち、日常生活の中でも比較的感染してしまう機会が多いウイルスの種類としては、インフルエンザウイルスの他に、
風邪などの呼吸器系統の疾患を引き起こすウイルスであるライノウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、コロナウイルス、エンテロウイルスといったウイルス、
さらには、麻疹や風疹、おたふく風邪の原因となるウイルスとして麻疹ウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルスなどのウイルスの名が挙げられることになります。
そして、
上記の一般的な感染症の原因となるウイルスよりも重篤な症状を引き起こす危険性の高い傾向にあるウイルスは、主に、生命の活動がより活発になる熱帯地域を中心に分布することになるのですが、
今回は、その中でも、蚊によって媒介されるウイルス感染症について取り上げていきたいと思います。
自然宿主である豚から蚊の吸血を介して感染する日本脳炎ウイルス
蚊によって媒介されるウイルス疾患の中で、日本と最も関わりの深いウイルスとしては、まずは日本脳炎ウイルスが挙げられることになります。
日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis)は、インドやパキスタンといった南アジアから東南アジア、日本を含めた東アジアにかけて広く分布するウイルスであり、
日本では、夜間に人間の住む家屋に侵入して吸血を行う蚊の種類であるイエカ(家蚊)の種類に属するコガタアカイエカ(小型赤家蚊)と呼ばれる蚊によって媒介されるウイルスです。
日本脳炎ウイルスの自然宿主(自然界で細菌やウイルスに寄生されながらも互いに無害な共生関係を維持している動植物)は豚などの家畜と考えられていますが、
ウイルスを保有した豚の血を吸った蚊が、そのしばらく後に人が住む家屋に浸入して、今度は人間の血を吸うことによって、蚊の針に触れていた豚の血が人間の血管の内部にわずかに混入してしまうことによって、人への感染が生じてしまうことになるのです。
蚊による一回の吸血の際に人間の血管内に注入されるウイルス量はごくわずかであることと、日本脳炎ウイルス自体の感染力の低さから、感染のほとんどは不顕性感染(病気の症状が全く現れない感染形態)となり、
蚊の吸血によって直接ウイルスに触れた日本脳炎ウイルスの感染者が実際に日本脳炎の症状を発症する確率は0.1% から高くても1%程度と非常に低い発症率にとどまるのですが、
いったん人間の体内でウイルスが増殖を始めてしまうと、6日から16日程度の潜伏期間の後に、高熱や痙攣、意識障害といった重度の脳炎の症状が引き起こされてしまうことになり、致死率は30%程度にものぼるほか、運良く回復した場合でも、半数程度の患者に脳障害に起因する麻痺などの重篤な後遺症が残ってしまう極めて危険性の高いウイルスとなっています。
蚊によって媒介される熱病の原因となるウイルスと致死率
日本脳炎ウイルス以外の蚊によって媒介されるウイルスは、主に熱帯地域に生息する蚊によって媒介され、感染も主にアフリカや中南米などの熱帯地域を中心に広がっているのですが、
その内の主要なウイルスの種類としては、例えば、黄熱ウイルス、ウエストナイルウイルス、リフトバレー熱ウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルス、ジカウイルスといったウイルスの名が挙げられることになります。
これらのウイルスに感染した場合の症状としては、高熱や全身の関節や筋肉の痛みといったインフルエンザなどに似た症状の他に、
重症化したケースでは、歯茎からの出血や皮下出血、皮膚の点状出血といった、いわゆる出血熱の症状や、中枢神経系に侵入した場合は、日本脳炎の場合と同様に、脳炎や脊髄炎を引き起こしてしまうことになります。
上記のウイルスの内、
黄熱ウイルスによって引き起こされる黄熱(黄熱病)とウエストナイルウイルスによるウエストナイル熱(西ナイル熱)、リフトバレー熱ウイルスによるリフトバレー熱については、
黄熱の致死率は5%(黄疸や出血熱などの重症化が見られるケースでは30%)、ウエストナイル熱の致死率は3~5%、リフトバレー熱の場合は致死率3%程度と比較的高い致死率が見られることになりますが、
残りのデングウイルスによって引き起こされるデング熱と、チクングニアウイルスによるチクングニア熱、そしてジカウイルスによるジカ熱については、
それぞれのウイルス感染症における致死率は、デング熱の場合は1%以下、チクングニア熱は0.1%、ジカ熱の場合はほとんど死に至るケースはないなど比較的低い致死率にとどまっています。
ただし、
上記の致死率の数値は、十分な看護による経口補水や点滴による輸液、状態が悪化した場合の輸血といった適切な対症療法が行われた場合の数値であり、
デング熱の場合でも、上記のような適切な治療が施されないケースでは、致死率が5%程度にまで上がってしまう場合もあるほか、
死亡例はごく稀にしか見られないジカ熱においても、妊婦が感染した場合には、胎児における小頭症など先天性疾患の原因になることもあるように、これらのウイルスも決して侮ることはできない危険性の高いウイルスであると考えられることになります。
・・・
ちなみに、蚊によって媒介される熱病というと、マラリアといった病名も思い浮かぶことになりますが、
確かに、マラリアは、黄熱病やデング熱と同様に蚊によって媒介される感染症ではあるものの、その病原体はマラリア原虫でありウイルスではないので、
正確には、マラリアは、ウイルス感染症ではなく、原虫感染症※と呼ばれる感染症の分類に属する病気ということになります。
※原虫とは、体が一個の細胞からできていて分裂や出芽によって増殖する生物、すなわち原生動物のことを意味する言葉であり、原生動物には例えばアメーバやゾウリムシなどの生物が分類されることになります。
・・・
以上のように、
蚊によって媒介される代表的なウイルス感染症としては、自然宿主である豚から蚊の吸血を介して感染する日本脳炎の他に、
黄熱、ウエストナイル熱、リフトバレー熱、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱といったアフリカや中南米などの熱帯地域を中心に感染が広がる熱病の原因となるウイルス感染症が挙げられることになるのですが、
これらのウイルスはすべて、DNAウイルスとRNAウイルスというウイルスの大枠の分類においては多数派であるRNAウイルスに属するウイルスということになるのです。
・・・
次回記事:レベル4に分類される出血熱ウイルスの種類と致死率、RNAウイルスの代表的な種類⑤、DNAウイルスとRNAウイルス⑨
このシリーズの前回記事:麻疹と風疹とおたふく風邪の違いとは?RNAウイルスの代表的な種類③、DNAウイルスとRNAウイルス⑦
前回記事:インフルエンザは風邪に含めても間違いではない?「スペイン風邪」は風邪なのか?それともインフルエンザなのか?
「医学」のカテゴリーへ