エンペドクレスの哲学の概要
エンペドクレス(Empedokles、紀元前492年頃 ~ 紀元前432年頃)は
紀元前5世紀後半の古代ギリシアの哲学者で、
シチリア島南西部のギリシア人植民都市
アクラガス(Akragas、現在のイタリアのアグリジェント)の出身であり、
四元素説(四大、四根)と呼ばれる
万物の根源に関する多元論を唱えたことで有名ですが、
詳しくは後述するように、
彼は、この四元素説によって、
パルメニデスにおける
不生不変なる存在の哲学と
ヘラクレイトスの「万物は流転する」(パンタ・レイ)とも呼ばれる
生成と変化の哲学という
二つの互いに相反する哲学思想の
調停を試みた哲学者でもあります。
また、エンペドクレスは、
宗教家、予言者、「奇跡を起こす人」としても知られていて、
自らの超人的な知恵と能力を証明するために、その人生の最期に、
シチリア島の東に聳えるヨーロッパ最大の活火山である
エトナ山の火口に身を投げるという壮絶な死を遂げ、
彼がいまや神となったことを証するかのように、
エンペドクレスが飛び込んだ後の火口からは
彼の青銅製の靴の片方が投げ返されてきたという
神話的な伝説も語り伝えられています。
また、彼は、自分自身についても
「私はかつて一度は少年であり、少女でもあった。私は薮であり、鳥であり、海に浮かぶ物言わぬ魚でもあったのだ。」(エンペドクレス・断片128)
と語っているように、
人間の罪の結果としての転生と、魂の浄めによる本来の神性の回復といった
魂の輪廻転生についても語っていますが、
このように、
宗教的な要素と哲学的な要素が
密接に絡み合った思想を展開したという点において、
エンペドクレスは、彼に遡ること100年前に、
同じイタリアのギリシア人都市のクロトンにおいて
宗教と数学的な学術研究が融合した独特の思想的色彩をもつ
一種の宗教学術集団を形成した
ピタゴラスに似たタイプの哲学者であったと
考えることができるかもしれません。
ソクラテス以前の哲学の大枠の流れでは、
ピタゴラスは論理哲学的なイタリア学派、
エンペドクレスは自然哲学的なイオニア学派という
それぞれ別の系統に属する哲学者ということになるのですが、
ピタゴラスにおける魂の浄め(カタルシス)や輪廻転生、
数的比例関係に基づく数学的な調和(ハルモニア)といった
数理哲学的な神秘思想を
自然哲学に特化した形で、新たに別な方向へと展開させていったのが
エンペドクレスであったと考えることもできるということです。
エンペドクレスの哲学の概要
エンペドクレスの哲学は、
『自然について』と『カタルモイ』(Katharmoi、浄め)という
韻律をもった二つの詩によって語られていて、
これらの詩は、自然の仕組みと宇宙の歴史を語り出す前者の詩と
人間の死と魂の輪廻転生について語る後者の詩という
二つの別々の作品であるという説と、
エンペドクレス自身の哲学思想自体がそうであるように、
二つの詩は、宗教的要素と哲学的要素が互いに交錯しながらつながり合う
一まとまりの詩であったとする二つの異なる説があります。
いずれにせよ、これらの詩の中でエンペドクレスは、
パルメニデスが見いだした真なる実在である
不生不滅にして永遠不変なる「あるもの」(to eon、ト・エオン)とは、
自然界における
水、空気、火、土の四元素であると結論づけ、
これらの万物の根源となる存在である四要素を
「万物の四根」(tessara panton rhizomata、テッサラ・パントーン・リゾーマタ)
と名づけます。
そして、彼は、
これらの万物を構成する四要素が「愛」と「争い」と呼ばれる
引力と斥力(反発力)という二つの原理に従って
互いに混合と分離を繰り返すことによって、
現実の世界におけるあらゆる物事の
変化が生じると考え、
宇宙全体も、こうした「万物の四根」である四元素と
「愛」と「争い」と呼ばれる引力と斥力の原理によって
混合と分離を繰り返す永続的で周期的な変化運動の内にある
と考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
エンペドクレスにおいては、万物の根源となる構成要素自体は、
パルメニデスに従って不生不滅にして永遠不変の存在
と考えられることになるのですが、
そうした根源的存在をパルメニデスに始まるエレア学派における
存在の一元論の哲学に従って、ただ一つの要素であるとすると、
現実の世界における多様性や物事の変化を説明できなくなってしまうので、
万物の根源となる存在は「万物の四根」と呼ばれる四つの要素であり、
それらの四根が互いに混合と分離を繰り返すことによって
現実の世界における変化が生じると考えられることになります。
つまり、エンペドクレスは、
すべての存在が一なる根源的な存在から成るという一元論の思想を捨て去り、
万物の根源に関する多元論の思想を新たに取り入れることによって
パルメニデスとヘラクレイトス、すなわち、
論理哲学と自然哲学の融合を試みた哲学者であり、
それ自体は不生不滅にして不変である四元素が
互いに混合と分離を繰り返すことによって
現実の世界における現象の変化が生じるとすることによって
パルメニデスにおける
不生不滅にして永遠不変なる存在の哲学と
ヘラクレイトスにおける
「万物は流転する」(パンタ・レイ)とも呼ばれる
絶え間ない生成と変化こそが世界の本質であるとする哲学思想という
二つの互いに相反するはずの哲学思想に
一つの調停をもたらした哲学者であったと考えられるのです。
・・・
このシリーズの次回記事:一元論のモノトーンの世界観から多元論の多彩な世界観への転換、エンペドクレスの四元素とは何か?①
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