一元論のモノトーンの世界観から多元論の多彩な世界観への転換、エンペドクレスの四元素とは何か?①
前回の「エンペドクレスの哲学の概要」で書いたように、
エンペドクレスは、万物の根源である四元素を
水、空気、火、土であると結論づけ、
こうした万物の始原についての多元論の思想を導入することによって、
ヘラクレイトスとパルメニデスという
ソクラテス以前の哲学における二大思想の調停を試みた哲学者であった
と考えられるのですが、
それだけではなく、
エンペドクレスの四元素説における多元論の思想は、
彼以前の自然哲学者たちの思想をすべて包み込み、
それらの思想を新たな観点から総括したものであった
とも考えられることになります。
それぞれが同等に正しくかつ同等に間違っている
エンペドクレス以前の自然哲学者たちは、
タレスの水、アナクシメネスの空気、ヘラクレイトスの火
などというように、
それぞれの哲学者が、自然界の中の一つの元素にのみ注目して、
それが世界の始原(arche、アルケー、元となるもの)であると
考えていたのですが、
エンペドクレスは、これらの哲学者たちがそれぞれに提起した
水、空気、火という元素に、土を加えた四元素のすべてが同等に始原であるとする
始原(アルケー)に関する多元論の思想を新たに唱えることになります。
つまり、
エンペドクレスは、
万物の始原が水であると言ったタレスも、
それが空気であるとしたアナクシメネスも、火であるとしたヘラクレイトスも
それぞれが元素、すなわち、万物の根源となる要素を
観察と論理的考察によって適切に見極めたという点においては、
全員が同等に正しかったと言えるのですが、
それだけが唯一の元素、であり、
他の元素の存在を認めなかったという点においては、
全員が同等に誤っていると考えたということです。
モノトーンの世界観から多元論の多彩な世界観への転換
エンペドクレス以前の自然哲学においては、
万物の始原とは水か空気か火のいずれか一つの元素であり、
世界はたった一種類の元素のみによって描かれることになるので、
そこには、
火の熱さもなければ、水の冷たさもなく、
空気の軽さもなければ、土の重さもない
どこまでも単調で一様な存在だけがのっぺりと広がる
モノトーンの世界がどこまでも広がっていくことになってしまいます。
たった一種類の元素から成る世界でも、
その元素のつながり方や密度の違いから
形や濃淡の違いといった変化は生じてくるのかもしれませんが、
それは、いわば、
白黒の絵だけが並ぶ絵画展ばかりを眺めているようなもので、
それだけでは、
彩りに溢れる現実の世界における色彩の豊かさや多様性といったものは
どこまでいっても生じてこないと考えられることになります。
つまり、
一つの元素、一つの始原のみから世界を説明しようとする
エンペドクレス以前の自然哲学における一元論のモノトーンの世界観では、
多様性と変化に満ちた現実の世界のあり方を
うまく説明できないことになるので、
現実の生きた世界における多様な性質と変化のすべてを説明するためには、
万物の根源となる要素である元素は、一種類では到底不十分であり、
それは、最低でも四つの種類の元素から成る
多元論であることが不可欠であると考えられることになるのです。
火だけの世界や氷だけの世界に熱さや冷たさはあるのか?
ちなみに、先ほど、
一種類の元素から成るモノトーンの世界では、
火の熱さもなければ、水の冷たさもないと書きましたが、
例えば、火の元素だけから成る世界があるならば、そこに
冷たさはないにしても、熱さには満ちている世界であるとは言えるのではないか?
とも考えられることになりますが、
結局、熱さや冷たさといった対概念は、
対立する概念同士の相対的な関係によって成立していると考えられるので、
片方の概念が存在しない場合、
もう一方の概念も成立しないと考えられることにもなります。
つまり、
火が熱いとされるのは、水や氷の冷たさとの対比によって
そう感じることができるのであって、
火だけに埋め尽くされている世界や
氷だけに閉ざされている世界では、
共に、一定の温度が一様に広がっているだけで、
互いにその熱さや冷たさを比較することができなくなるので、
本当の意味では、
熱いや冷たいといった概念自体が存在しなくなってしまう
と考えられるということです。
また、
火だけや氷だけの世界では、熱さや寒さを感じる生物の身体も
火だけ、または、氷だけで構成されることになるのでしょうが、
火でできた生物が自分と全く同じものでできている周りの火を熱がる
というのも変な話なので、
やはり、火だけや水だけといった
一つの元素から成る一様な世界では、
熱さと冷たさ、軽さと重さといった対を成す性質の概念自体が
存立不可能となってしまうことなり、
こうしたことからも、一つの元素、一つの始原という意味での
一元論から成る世界観では、
現実の生きた世界における多彩で多様な性質の多くが失われ、
単調さをさらに増していくことになってしまうと考えられるのです。
・・・
以上のように、
それまでのミレトス学派やイオニア学派といった
自然哲学の思想においては、
ただ一つの元素、ただ一つの始原(アルケー)という
たった一色で描かれていたモノトーンの世界観に、
エンペドクレスによって多元論の息吹きが吹き込まれることによって
彩りあふれる多彩な世界観が展開されることになった
と考えることができるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:エンペドクレスの哲学の概要
このシリーズの次回記事:四元素が水と空気と火と土であってそれ以外ではない理由とは?エンペドクレスの四元素とは何か?②
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