インフルエンザは風邪に含めても間違いではない?「スペイン風邪」は風邪なのか?それともインフルエンザなのか?
前回書いたように、
一般的には、風邪は、ライノウイルスやアデノウイルスやコロナウイルスといった種々雑多なウイルスによって引き起こされるくしゃみや鼻づまりや鼻水、さらには、せきやのどの痛みといったウイルス性の上気道疾患の総称とされるのに対して、
インフルエンザは、インフルエンザウイルスによって引き起こされる関節痛や筋肉痛、38℃以上の高熱といったより重篤な全身症状も出やすい疾患であるとされることになります。
このように、
現代では、風邪とインフルエンザは互いに別々の疾患として区別して取り扱われることが多いのですが、
その一方で、歴史的には、長い間インフルエンザは風邪に含まれる疾患として取り扱われてきたという経緯もあり、
厳密に言うと、風邪とインフルエンザという両者の概念は、別々の疾患として完全に区別することはできないと考えられることになります。
それでは、風邪とインフルエンザの概念は厳密には互いにどのような関係にあり、
両者の概念はどのような経緯から区別されるようになったと考えられることになるのでしょうか?
「スペイン風邪」は風邪なのか?それともインフルエンザなのか?
例えば、ウイルスが原因となった人類史における世界最大のパンデミックである20世紀初頭(1917年~1918年)の「スペイン風邪」の流行では、
その致死率は最大で10%から20%にもおよび、総計で2500万人から5000万人にもおよぶ死者が出たとされていますが、
この人類史上最悪の「風邪」の原因となったウイルスは、通常の風邪の原因となるライノウイルスやアデノウイルスなどではなく、インフルエンザウイルスが原因となった「風邪」であることが分かっています。
このように、
歴史的には、インフルエンザは通常の鼻風邪やのど風邪と同様に、風邪の仲間に含められていて、
それどころか、風邪の中でもより重篤な症状と大規模な流行をもたらす風邪の親玉のような存在として捉えられてきたと考えられることになるのです。
インフルエンザの原因となるウイルスの発見とウイルス学の発展の歴史
それでは、いったいどのような経緯から一般的な風邪の概念からインフルエンザという病態だけが分離され、個別の疾患として独立して取り扱われるようになっていったのか?ということですが、
それは、病原体としてのウイルスの発見と、インフルエンザウイルスに対する疫学的な対処法の開発の進展の中で生じていった現象であると考えられることになります。
光学顕微鏡では観察することができない細菌よりも微小な病原体、すなわちウイルスの存在が生物学界ではじめて提唱されたのは、
1892年にロシアの微生物学者ディミトリー・イワノフスキー(Dmitri Ivanovsky)が、のちにタバコモザイクウイルスと呼ばれることになるろ過性病原体を発見した時点にまでさかのぼることができます。
そしてその後、ウイルス学の研究が進展していく中で、インフルエンザについての研究も進んで行き、
ついに1933年に、スペイン風邪の原因となったウイルス型とも同型であるインフルエンザウイルス(正確には現在ではH1N1亜型インフルエンザウイルスと呼ばれているウイルス)が発見されることによって、
インフルエンザがインフルエンザウイルスという特定の種類のウイルスによって引き起こされる疾患であることが明らかにされることになります。
そして、
風邪の原因となるウイルスの中でも重大な全身症状を引き起こしやすいインフルエンザウイルスについての研究が特に重点的に進められていくようになり、
ワクチンや抗ウイルス薬といったインフルエンザウイルスに対して有効な特定の対処法もある程度確立されていく中で、
疾患自体の概念としても、インフルエンザは、通常の風邪とは異なる別個の疾患として捉えられるようになっていったと考えられることなるのです。
つまり、
インフルエンザウイルスに対するワクチンや抗ウイルス薬といった個別の予防法と治療法が確立されていくのにしたがって、インフルエンザウイルスがもたらす疾患であるインフルエンザという病名自体も一般的な風邪の概念の中から自然と独立していったと考えられるということです。
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したがって、以上のような歴史的経緯を踏まえると、
「スペイン風邪」といった表記に見られるように、インフルエンザとは、もともとは風邪の代表格のような存在として捉えられていた疾患であるとも言えるので、
インフルエンザという病気自体を風邪の仲間に含めても間違いではないと考えられることになります。
そして、
スペイン風邪が流行していた20世紀の初頭の段階では、原因となる病原体が不明であったインフルエンザについての研究がその後進んでいき、それがインフルエンザウイルスという特定の種類のウイルスによって引き起こされる疾患であることが明らかとなり、
ワクチンや抗ウイルス薬といったインフルエンザに対する個別の予防法と治療法がある程度確立されていったことから、
現代では、そうしたウイルス学上の分類と、予防や治療における便宜上の観点から、インフルエンザは一般的な風邪とは区別される個別の疾患として取り扱われるケースが多くなってきたと考えられることになるのです。
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次回記事:蚊によって媒介される熱帯地域のウイルス感染症と致死率、RNAウイルスの代表的な種類④、DNAウイルスとRNAウイルス⑧
前回記事:風邪とインフルエンザを区別する四つの違いとは?ワクチンの効果の有無と症状・流行期間・原因となるウイルスの種類の違いについて
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