『ハリー・ポッター』のヴォルデモート復活の場面における人体錬成とホムンクルス(人造人間)との関係
このシリーズの初回から前回までの記事では、現代では、一般的に、魔術や錬金術の力によって創り出される人造人間のことを意味する言葉として用いられることが多いホムンクルスという概念について、
それが、古代ローマのラテン語におけるもともとの語源や、古代の魔術師、中世の錬金術師たち、さらには、近代文学の巨匠であるドイツの詩人ゲーテにおいて、具体的にどのような形で捉えられているのか?ということについて、時代を追っていく形で詳しく考察してきました。
そこで、今回の記事では、もう一つおまけに、
現代の文学作品において、そうした人造人間としてのホムンクルスに類するような人体錬成の場面が描かれている作品はないのか?ということについて、改めて考えていくことにするのですが、
すると、例えば、
20世紀末から2000年代にかけて世界的ベストセラーとなった児童文学にしてファンタジー小説である『ハリー・ポッター』(Harry Potter)でも、
ハリーの宿敵であるヴォルデモート卿が自らの肉体を取り戻して完全復活する場面において、
このシリーズの第二回で取り上げた古代の魔術師シモン・マグスによるホムンクルス(人造人間)の創造を彷彿とさせるような人体錬成の場面が出てくることになります。
『ハリー・ポッター』においてヴォルデモート卿が自らの肉体を失ってから完全復活を遂げる儀式へと至るまでの一連の経緯
この物語の主人公であるハリー・ポッターの宿敵であるヴォルデモート卿(Lord Voldemort)は、かつて、ハリーの両親であるリリーとジェームズを殺したうえで、その息子であるハリーにも「アバダ・ケダブラ」と呼ばれる死の呪いの呪文を投げつけることになるのですが、
彼が幼子であったハリーに対して放った死の呪文は、母親であるリリーが遺していた愛の守りの呪文によって跳ね返され、
ヴォルデモートは、自分が放った死の呪文によって自らの肉体を失ってしまうことになります。
ヴォルデモートは、それよりも以前に、自らの魂を分割して、その一部を現世の内に存在する特定の物体の内に留め置いてそれを分霊箱にするという禁じられた魔法を自分自身にかけていたため、
彼は、その後、現世の内に肉体を持って生きることも、魂となって死後の世界へと旅立つこともできずに、不完全な状態で亡霊のように現世を彷徨う存在へとその身を落としていたのですが、
やがて、ヴォルデモートは、度重なる失敗ののちに、
自らの配下の者を成長して青年となったハリーが在籍する魔法学校であるホグワーツへとスパイとして潜入させることによってハリーを罠にはめ、転送魔法によってハリーを自分のもとへと連れ去ることに成功することになります。
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』における人体錬成の儀式と、ホムンクルス(人造人間)との関係
そして、
そうした一連の経緯が描かれているハリー・ポッターシリーズの第四巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』では、第32章の「骨肉そして血」(Flesh, Blood, and Bone)と題される章において、
ハリーの父親であるジェームズ・ポッターの学友でありながら、彼らを裏切ってヴォルデモートのもとへと寝返り、
彼の手下となってヴォルデモート卿に忠誠を誓い、闇の魔術によって自らの魂を汚し、人々を傷つける死喰い人(Death Eaters)へと身を落としたワームテールと呼ばれる男によって、
自らの主人であるヴォルデモート卿の肉体を取り戻し、彼を完全なる姿へと復活させる不気味で恐ろしい闇の魔術を用いた儀式が以下のような手順で執り行われていくことになります。
・・・
ワームテールは、まず、
主人であるヴォルデモートの父親の墓をあばき、その中から、一つかみの骨を取り出したうえで、それを自分の目の前で煮えたぎる大鍋の中へと投げ入れながら、以下のように呪文を唱えることになります。
「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父は息子を甦らせる。」
・・・
そして、次に、
彼は、自分自身の右手を自らの左手に握った短剣によって切り落とすと、その切り落とされた右腕を大鍋の中へと投げ込み、さらに以下のような呪文を唱えることになります。
「僕(しもべ)の肉、喜んで差し出されん。僕は主人を甦らせる。」
・・・
そして、最後に、
ワームテールは、捕えられ、縄で縛りつけられていたハリーのもとへと詰め寄ると、彼の右腕の内側を流れる血管を、自らの右腕を切り落としたものと同じ短剣によって切り裂き、ハリーの血を大鍋の内へと注ぎ入れながら以下のように唱えることになります。
「敵(かたき)の血、力ずくで奪われん。汝(なんじ)は敵を甦らせる。」
・・・
そして、このように、
父の骨、僕の肉、敵の血という三つの素材が揃うことによって、
ヴォルデモート卿のために準備された闇の魔術を用いた儀式がついに成し遂げられ、彼は、自らの新しい肉体を取り戻した完全なる存在として現世の内に完全なる復活を遂げることになるのですが、
こうした血と肉と骨という人体の基盤となる三つの素材から順々に人体の錬成を成し遂げていくあり様は、
古代ギリシア哲学における水・空気・火・土という四つの元素の内の一つである空気から水を生み出し、
そうして生み出された神聖な水から血液を、次に、血液から肉を形作ることによって人体全体を造り上げていくという
古代の魔術師シモン・マグスによるホムンクルス(人造人間)の創造としての人体錬成のあり方とも、どこか儀式の構造において形式的に通じるところがあると考えられることになります。
・・・
以上のように、
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のなかに出てくるヴォルデモート卿の完全復活と、新たなる人体の錬成の場面においては、彼の僕であるワームテールによって唱えられる
「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父は息子を甦らせる。」
「僕(しもべ)の肉、喜んで差し出されん。僕は主人を甦らせる。」
「敵(かたき)の血、力ずくで奪われん。汝(なんじ)は敵を甦らせる。」
という三つの呪文によって、
自らの肉体を失い、現世の内を亡霊のようにさまよっていたヴォルデモート卿の魂の器となるべき新たな人体の錬成がなされていくことになると考えられることになります。
そして、
こうした父の骨、僕の肉、敵の血という三素材から造り上げられていく
『ハリー・ポッター』における新たな人体の錬成のあり方と、
空気から水、水から血、血から肉という三段階の錬成において進められていく
古代の魔術師シモン・マグスによるホムンクルス(人造人間)の創造のあり方には、
その形式的な構造の内に一定の類似点が見られることになり、
こうした『ハリー・ポッター』におけるヴォルデモート卿の完全復活の場面においては、
その内容においては大きく異なるものの、その形式においては古代から語り伝えられてきた黒魔術や錬金術におけるホムンクルス(人造人間)の創造と同様の構造において、
肉体の復活と、新たな人体の錬成の儀式が格調高く進められていく様子が描かれていると考えられることになるのです。
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初回記事:ホムンクルスとは何か?①ラテン語の語源と、体の小ささだけでなく心の小ささも意味する「小心者」や「小人物」としての意味
前回記事:ゲーテの『ファウスト』におけるホムンクルスの創造と、哲学の子としての人造人間の誕生、ホムンクルスとは何か?④
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