HIV感染者とエイズ患者の数に2倍の差がある理由とは?日本の過去10年間のHIV 感染者数とエイズ患者数の推移とHAART療法の影響
前回書いたように、
HIV(エイチ・アイ・ブイ)とAIDS(エイズ)という二つの言葉の違いは、
HIV感染者という言葉が、HIVウイルスに感染している状態のことを指す表現であり、ウイルスに感染してはいるもののまだ症状が現れていない感染者のことも含む表現であるのに対して、
エイズ患者の方は、HIVウイルスに感染したうえで一定の潜伏期間が経過し、実際に免疫不全の症状を発症している状態にある患者のことを指す表現であるという点にあると考えられることになります。
そして、例えば、2016年5月25日に発表された厚生労働省エイズ動向委員会の年次報告によると、
日本における2015年のHIV感染者の新規報告件数は1006 件であるのに対して、2015年のAIDS 患者 の新規報告件数は428 件となっているように、
近年の日本におけるHIV感染者数とエイズ患者数との間には、およそ2倍程度の数の差が見られるのですが、
こうしたHIV感染者数とエイズ患者数の差はどのような要因によって生じていると考えられることになるのでしょうか?
過去10年間のHIV感染者数とエイズ患者数の推移
近年の日本におけるHIV感染者数とエイズ患者数についてより詳しく見ていくと、
冒頭で引用した厚生労働省エイズ動向委員会の報告に基づくと、2015年時点から見た日本における過去10年間のHIV感染者数とエイズ患者数の推移は以下のようになっています。
(2005年:新規HIV 感染者数832人、新規エイズ患者数367人)
2006年:新規HIV 感染者数 952人、新規エイズ患者数406人
2007年:新規HIV 感染者数1082人、新規エイズ患者数418人
2008年:新規HIV 感染者数1126人、新規エイズ患者数431人
2009年:新規HIV 感染者数1021人、新規エイズ患者数431人
2010年:新規HIV 感染者数1075人、新規エイズ患者数469人
2011年:新規HIV 感染者数1056人、新規エイズ患者数473人
2012年:新規HIV 感染者数1002人、新規エイズ患者数447人
2013年:新規HIV 感染者数1106人、新規エイズ患者数484人
2014年:新規HIV 感染者数1091人、新規エイズ患者数455人
2015年:新規HIV 感染者数1006人、新規エイズ患者数428人
上記の表の数字を見ても分かる通り、近年の日本においては、2006年から2015年までの10年間にわたって、新規に診断されるエイズ患者の数はHIV感染者の数のだいたい半分弱という状況がずっと続いてきているということが分かります。
日本のHIV感染者数とエイズ患者数に2倍の差がある理由とは?
それでは、こうしたHIV感染者数とエイズ患者数におよそ2倍の差が見られる理由としては、どのような要因が挙げられることになるのか?ということについてですが、
その要因としては、まず第一に、HIVウイルスの感染からエイズの発症に至るまでのウイルスの潜伏期間の長さが挙げられることになります。
人体に感染したHIVウイルスは、まずは人間の免疫系の中枢を担うCD4細胞またはヘルパーT細胞と呼ばれるリンパ球の中に潜り込み、
逆転写酵素と呼ばれる酵素を使って、自分の遺伝情報をヘルパーT細胞の核の内部に送り込み、細胞内のDNAの情報を書き換えていってしまいます。
そして、その後、5年から10年という長い潜伏期間を経たのち、再びウイルスが活動を開始すると、事前に書き換えておいた遺伝情報に基づいてヘルパーT細胞の内部でHIVウイルスが増殖していき、
増殖したウイルスが細胞外へと出て行くときに、ヘルパーT細胞の細胞膜をまとって飛び出して行ってしまうことによって、細胞膜を破壊されたヘルパーT細胞は原形を維持することができなくなり、細胞としての構造が崩壊して死滅していってしまうことになります。
そして、このように、
HIVウイルスは、感染から長い時間をかけてゆっくりと人間の免疫系を蝕んでいく遅効性のウイルスであるため、感染から発症までに大きなタイムラグが生じてしまうことになるのです。
そして、感染から発症までに非常に長い時間がかかるということは、HIVウイルスの新しい感染者が現れても、その感染者が実際にエイズの症状を発生してエイズ患者へと移行していくまでには長い時間がかかるということを意味するので、
新規のHIV感染者数が増加しても、それがエイズ患者数に反映されるまでに大きな時間差が生じてしまうと考えられることになるのです。
HAART療法の確立によるエイズ患者への移行割合の減少
しかし、その一方で、
上記の表において見られるように、過去10年間にわたってHIV感染者数とエイズ患者数の関係が新規感染者1000人前後に対して新規患者450人前後という状況のままほぼ横ばいの状態にあることは、
前述した新規の感染者が潜伏期間を経て患者数へと反映されるまでのタイムラグの問題だけではうまく説明がつかないとも考えられることになります。
なぜならば、
仮に、上記の表において見られる感染者数と患者数の差がすべてウイルスの潜伏期間に起因する単なる時間差の問題として説明されるとするならば、
前述したように、HIVウイルスの潜伏期間が長くても10年程度である以上、
例えば、2005年時点でウイルスに新規に感染した832人は、そのまま通常のペースでウイルスの増殖が進行していくと、10年後の2015年にはその大多数が発症してしまうことになるので、2015年のエイズ患者数は832人に近い数になると考えられることになります。
しかし、2015年の実際の新規エイズ患者数を見てみると428人となっていて、832人より400人以上少ない数となっているので、
実際には、単なる感染から発症までの時間差分以上に、HIVウイルスの感染者からエイズ患者へと移行する人数が抑制されていると考えられることになるのです。
それでは、HIV感染者の数に対するエイズ患者数の抑制について、ウイルスの潜伏期間に基づく発症までの時間差以外の要因としては、どのような要因が考えられることになるか?ということですが、
それは、
HIVウイルス感染者に対する治療として、1990年代後半以降から行われるようになり、近年では先進諸国における標準治療として確立されるようになったHAART療法(多剤併用療法)またはカクテル療法と呼ばれる治療法の影響が挙げられることになります。
HAART療法とは一言でいうと、ウイルスの変異スピードが速く、すぐに薬剤に対する耐性を身につけてしまう傾向があるHIVウイルスに対抗して、
作用機序の異なる複数の抗ウイルスを効果的に組み合わせ、同時に服用し続けることによって体内のウイルス量を一定の閾値以下に抑え込むことを目的とする治療法ですが、
こうしたHAART療法やカクテル療法と呼ばれる治療法の確立によって、
HIVに感染しても、長期間にわたってさらには永続的にエイズの発症を防ぐことに成功するケースもある程度多く出てくるようになったため、
以前と比べて、新規にHIVウイルス感染の診断を受けた人がエイズ患者へと移行してしまう割合が大きく抑制されるようになっていったと考えられることになるのです。
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次回記事:DNAウイルスの代表的な種類とは?アデノウイルスやヘルペスウイルスが引き起こす症状とウイルスの特徴、DNAウイルスとRNAウイルス④
前回記事:HIVとエイズ(AIDS)の違いとは?HIV感染者とエイズ患者との違い
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