胎児は母親に寄生していると言えるのか?短期的な意味における片利共生と長期的な意味における相利共生としての両者の関係
前々回の記事で詳しく考察したように、生物学的な定義に基づく寄生と呼ばれる生活形態のあり方には、外部寄生と内部寄生と細胞内寄生、さらには、捕食寄生や社会寄生や労働寄生といった様々な寄生形態のあり方が区分されていくことになるのですが、
例えば、
母親のお腹の中にいる胎児と、そうした胎児の生命を支えている母親との間にも、こうした生物学的な意味における寄生関係とよく似た関係性を見いだしていくことができると考えられることになります。
胎児と母親の関係と寄生虫と人間の寄生関係との類似性
妊娠してから出産へと至るまでの期間、
母親の体内においては、お腹の中にいる胎児に栄養分が奪われていくことによって、鉄分が不足して貧血の症状が現れる場合や、カルシウムが不足して骨密度が低下していくことがあるほか、
ストレスやホルモンバランスの乱れなどによって免疫力の低下が引き起こされことになり、さらには、
妊娠中毒症といった呼び名で有名な妊娠高血圧症候群が引き起こされることによって、高血圧や腎障害といった病態が引き起こされてしまうケースもあると考えられることになります。
そして、
こうした母親のお腹の中にいる胎児が、その生命を支えている母親の体内から栄養分を奪って、場合によっては、高血圧や腎障害といった命に関わるような重篤な病態を引き起こしてしまうという関係性のあり方は、
一見すると、ちょうど、
サナダムシなどの条虫に代表されるような寄生虫が、人間の腸内から栄養分を奪って生活していて、場合によっては、寄生虫感染症を引き起こしてしまうこともあるといった
内部寄生と呼ばれる寄生形態のあり方に非常によく似た特徴を持っているとも捉えることができると考えられることになるのです。
異なる種類の生物同士の間に成立する関係性としての生物学における寄生概念の定義
しかし、その一方で、
こうしたサナダムシに代表されるような寄生虫と人間との関係性のあり方と、胎児と母親との関連性のあり方には、当然ながら大きな性質の違いもあると考えられ、
そもそも、
生物学的な意味における寄生と呼ばれる概念の定義においては、正確には、
寄生とは、異なる種類の生物同士が一緒に生活していくなかで、一方の生物だけが利益を受けて、もう一方の生物は不利益や損害を受けている生活形態のあり方のことを意味する概念として定義されることになります。
そして、
こうした生物学的な定義に基づく厳密な意味における寄生という概念の定義に基づくと、
前者の寄生虫と人間の関係においては、両者は互いにまったく異なる種類の生物として位置づけられることになるため、両者の関係はそうした生物学的な厳密な意味においても寄生関係のうちに位置づけられることになると考えられることになるのですが、
それに対して、
後者の胎児と母親の関係においては、両者は人間という同じ種族に位置づけられることになるだけではなく、直系の血縁関係にまで位置づけられることになるので、
そういった意味では、
こうした胎児と母親の関係において生じる様々な関係性のあり方は、そもそも、そうした「異なる種類の生物同士」の間で成立する関係性としての生物学的な意味における寄生の定義を厳密な意味においては満たしていないとも捉えることができると考えられることになるのです。
短期的な意味における片利共生と長期的な意味における相利共生としての胎児と母親の関係性
また、その一方で、
胎児と母親の関係性のあり方については、
「一方の生物だけが利益を受けて、もう一方の生物は不利益や損害を受けている」という生物学における寄生の定義の基本的な要件を満たしているかどうかという点についても疑わしいところがあると考えられ、
例えば、
妊娠および出産を経験した女性の方が、一般的に、乳ガンなどにかかるリスクが低減することなども知られているため、
そうした長期的な健康リスクといった観点からは、胎児の存在自体が母親の健康におよぼす影響については、不利益や損害だけではなく、一定の利益や効用も生じていると捉えることもできると考えられることになります。
また、
そうした生物学的な意味だけではなく、社会学的な意味なども含めて、子供と母親の人生全体における利益と不利益の関係性のあり方についても考察を進めていった場合、一般的に、
子供をもうけている人の方が老後における生活の安定性や孤独死のリスクの低減などに資する可能性が高いといった大きな利益と効用も見込まれることになるとも考えられることになります。
つまり、そういった意味では、
胎児と母親の関係を生物学的な意味における単純な寄生関係として位置づけるという捉え方はあまり適切な認識のあり方ではないとも考えられ、
むしろ、そうした両者の関係性のあり方は、
短期的な意味においては、母親が胎児の側に一方的に利益を与えるという片利共生と呼ばれる共生関係のうちに位置づけられることになるのに対して、
長期的な意味においては、母親と胎児の両者が共に利益と幸福を享受していくことになるという相利共生と呼ばれる共生関係のうちに位置づけられることになると考えられることになるのです。
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次回記事:妊娠中に免疫力が低下する五つの理由とは?胎児の命を守るための意図的な細胞性免疫の低下のシステム
前回記事:寄生という言葉の日常的な文脈と生物学的な定義における意味の違いとは?生物学の片利共生としての日常的な意味の寄生の定義
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