「最後の仕事が最高の成果となる」死を迎えるファウストの言葉の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑭

前回書いたように、『ファウスト』第二部第五幕の「真夜中」の章最後の部分では、「憂い」が吹きかける呪いの息によって盲目となったファウストが、自らの心の内に増していく光について語り、自らの計画が成し遂げられる瞬間が迫っていることを予期する場面が描かれています。

そして、次の章である「宮殿の大きな前庭」の章において、ファウストは、地上に自分が心に思い描く理想郷を建設するという自らの最後にして最高の計画がついに成し遂げられたことを実感しながら、臨終の時を迎えることになるのですが、

こうして死の時が迫るのを感じながら、自らの人生をかけた計画がついに成就することを確信した主人公ファウストは、

かつて若き日のファウスト悪魔メフィストフェレスと魂の契約を結ぶ際に語った「時よとどまれ、お前はいかにも美しい」という台詞を最後にもう一度語ることによって臨終の時を迎えることになるのです。

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死を迎えるファウストが最後の言葉を語る場面のドイツ語原文

ファウスト』第二部第五幕の「宮殿の大きな前庭Großer Vorhof des Palastsグローサー・フォアホーフ・デス・パラスツ)」の章では、

死の時を迎えるファウストが、地上に自分が心に思い描く理想郷を建設するという自らの計画がついに成し遂げられることを実感し、その喜びを高らかに語り上げながら、

時よとどまれ、お前はいかにも美しいという『ファウスト』で最も有名な台詞を再び口にする瞬間が訪れますが、

そうした場面は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。

・・・

Faust:

Ein Sumpf zieht am Gebirge hin,
Verpestet alles schon Errungene;
Den faulen Pfuhl auch abzuziehn
Das Letzte wär das Höchsterrungene.
Eröffn’ ich Räume vielen Millionen,
Nicht sicher zwar, doch tätig-frei zu wohnen.
Grün das Gefilde, fruchtbar; Mensch und Herde
Sogleich behaglich auf der neusten Erde,
Gleich angesiedelt an des Hügels Kraft,
Den aufgewälzt kühn-emsige Völkerschaft.
Im Innern hier ein paradiesisch Land,
Da rase draußen Flut bis auf zum Rand,
Und wie sie nascht, gewaltsam einzuschießen,
Gemeindrang eilt, die Lücke zu verschließen.
Ja diesem Sinne bin ich ganz ergeben,
Das ist der Weisheit letzter Schluss:
Nur der verdient sich Freiheit wie das Leben,
Der täglich sie erobern muss.
Und so verbringt, umrungen von Gefahr,
Hier Kindheit, Mann und Greis sein tüchtig Jahr.
Solch ein Gewimmel möcht ich sehn,
Auf freiem Grund mit freiem Volke stehn.
Zum Augenblicke dürft ich sagen:
Verweile doch, du bist so schön!
Es kann die Spur von meinen Erdetagen
Nicht in äonen untergehn. –
Im Vorgefühl von solchem hohen Glück
Genieß ich jetzt den höchsten Augenblick.

Faust (sinkt zurück, die Lemuren fassen ihn auf und legenihne auf den Boden).

死を迎えるファウストの最後の言葉のドイツ語文と日本語文の対訳

そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。

ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、

日本語の訳文を書いた後の印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。

また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。

・・・

Faustファウスト):

Ein Sumpf zieht am Gebirge hin,
(アイン・ンプフ・ツィートゥ・アム・ゲルゲ・ン)
山脈に沿って広がる沼地が水の流れを妨げていて、

hinziehen:~へ向けて移動する、伸びていく。

Verpestet alles schon Errungene;
(フェアステン・レス・ショーン・エアンゲネ)
この地全体にすでに深刻な汚染が広がっている

erringen:~を獲得する

Den faulen Pfuhl auch abzuziehn
(デン・ファオレン・プール・アオホ・ーツィーエン)
汚れた水をはかせるための水路を切り拓かなければならない。

apziehen:水をはかせる、排水する。

Das Letzte wär das Höchsterrungene.
(ダス・ッツテ・ヴェア・ダス・ーヒストゥエアンゲネ)
最後の仕事が最高の成果となるのだ

Höchsterrungenehöchst(最高の)+errungen(獲得された)

Eröffn’ ich Räume vielen Millionen,
(エアフン・イヒ・イメ・フィーレン・ミリーネン)
Nicht sicher zwar, doch tätig-frei zu wohnen.
ヒトゥ・ズィッヒャー・ツヴァール・ドホ・ーティヒライ・ツー・ーネン)
私は、何百万もの人々が、安穏とした暮らしではなくても、
勤勉に活動し、自由に暮らしていくための土地を切り拓くのだ。

eröffn’eröffne(切り拓く、開拓する)の短縮形。

Grün das Gefilde, fruchtbar; Mensch und Herde
(グリューン・ダス・ゲフィルデ・フヒトバール・ンシュ・ウントゥ・ーアデ)
Sogleich behaglich auf der neusten Erde,
(ゾグイヒ・ベークリヒ・アオホ・デア・イステン・ーアデ)
野原は緑に覆われ、豊かな実りに満ちている。人も家畜も、
すぐにこのまっさらな土地のうえで快く過ごすようになり、

Gleich angesiedelt an des Hügels Kraft,
(グイヒ・ンゲズィーデルトゥ・アン・デス・ヒューゲルス・ラフトゥ)
Den aufgewälzt kühn-emsige Völkerschaft.
(デン・オフゲェルツトゥ・キューン・ムズィヒ・フェルカーシャフト)
力強い意志を持つ勤勉な民族が築き上げたあの強大な丘のふもとに居を構える。

aufwälzen:ローラーを転がして塗り上げる、練り上げる。

Im Innern hier ein paradiesisch Land,
(イム・ンナーン・ーア・アイン・パラディーズィッシュ・ントゥ)
Da rase draußen Flut bis auf zum Rand,
(ダー・ーゼ・ドオセン・フートゥ・ビス・オフ・ツム・ントゥ)
外では海が荒れ狂い、大波が岸壁にまで迫るとも、
この地の内には楽園が広がる

Und wie sie nascht, gewaltsam einzuschießen,
(ウントゥ・ヴィー・ズィー・シュトゥ・ゲヴァルトゥザーム・インシーセン)
そして、たとえ大波がその荒々しい力で岸壁を削り取ろうとも、

Gemeindrang eilt, die Lücke zu verschließen.
(ゲインドング・イルトゥ・ディー・リュッケ・ツー・フェアシューセン)
人々は共通の意志によって、すぐに壊された壁を修復する。

Ja diesem Sinne bin ich ganz ergeben,
ー・ディーゼム・ズィンネ・ビン・イヒ・ンツ・エアーベン)
私はこの意志にこそ私のすべてをささげるのだ

Das ist der Weisheit letzter Schluss:
(ダス・ストゥ・デア・ヴァイスハイトゥ・ッツター・シュス)
英知がもたらす最後の結論は、結局こういうことになる。

Nur der verdient sich Freiheit wie das Leben,
(ヌア・デア・フェアディーントゥ・ズィヒ・フイハイトゥ・ヴィー・ダス・ーベン)
Der täglich sie erobern muss.
(デア・ークリッヒ・ズィー・エアーバーン・ス)
自由も人生もその人が日々自らの力で獲得してこそ
それを享受するに値するだけの意味を持つ。

Und so verbringt, umrungen von Gefahr,
(ウントゥ・ゾー・フェアブンゲン・ウムンゲン・フォン・ゲファール)
Hier Kindheit, Mann und Greis sein tüchtig Jahr.
ーア・ントハイトゥ・ン・ウントゥ・グイス・ザイン・テュヒティヒ・ール)
だからこの地では、子供も、大人も、老人も、
危険や困難に取り囲まれながら、自らの有意義な時を過ごすのだ。

Solch ein Gewimmel möcht ich sehn,
ルヒ・アイン・ゲヴィンメル・メヒトゥ・イヒ・ーン)
私はそのような群衆を見つめながら、

Auf freiem Grund mit freiem Volke stehn.
(アオフ・フイエム・グントゥ・ミットゥ・フイエム・フォルク・シューン)
自由な土地の上に、自由な民と共に立ちたいのだ

Zum Augenblicke dürft ich sagen:
(ツム・オゲンブリック・・・・)
そうした瞬間に向かってならこう呼びかけてもいいだろう。

Verweile doch, du bist so schön!
(フェアヴァイレ・ドホ・ドゥー・ビストゥ・ー・シェーン)
とどまれ、お前はいかにも美しいと。

Es kann die Spur von meinen Erdetagen
(エス・カン・ディー・シューア・フォン・マイネン・ーアデーゲン)
Nicht in äonen untergehn. –
ヒトゥ・イン・オネン・ンターゲーエン)
私が地上に生きた日々の足跡は、
幾千もの時代を経ても決して滅び去ることがない

äon古代ギリシア語アイオーンaion)、宇宙の周期、一時代、永劫。

Im Vorgefühl von solchem hohen Glück
(イム・フォーアゲフュール・フォン・ルヒェム・ーエン・グリュック)
この大いなる幸福を予感しながら

Genieß ich jetzt den höchsten Augenblick.
(ゲース・イヒ・イェツトゥ・デン・ーヒステン・オゲンブリック)
私は今、最高の瞬間を味わうのだ

Faust (sinkt zurück, die Lemuren fassen ihn auf und legen ihn auf den Boden).
ファウスト・ズィンクトゥ・ーリュック・ディー・レーレン・ファッセン・イーン・オフ・ウントゥ・ーゲン・イーン・オフ・デン・ーデン)
ファウストは後ろへと倒れ込み、死霊たちが彼の遺体を捕えて地面へと横たえる。

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死を迎えるファウストが最後の言葉を語る場面の全文和訳

そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。

・・・

山脈に沿って広がる沼地が水の流れを妨げていて、
この地全体にすでに深刻な汚染が広がっている
汚れた水をはかせるための水路を切り拓かなければならない。
最後の仕事が最高の成果となるのだ

私は、何百万もの人々が、安穏とした暮らしではなくても、
勤勉に活動し、自由に暮らしていくための土地を切り拓くのだ。

野原は緑に覆われ、豊かな実りに満ちている
人も家畜も、すぐにこのまっさらな土地のうえで快く過ごすようになり、
力強い意志を持つ勤勉な民族が築き上げたあの強大な丘のふもとに居を構える。

外では海が荒れ狂い、大波が岸壁にまで迫るとも、
この地の内には楽園が広がる

たとえ大波がその荒々しい力で岸壁を削り取ろうとも、
人々は共通の意志によって、すぐに壊された壁を修復する。
私はこの意志にこそ私のすべてをささげるのだ

英知がもたらす最後の結論は、結局こういうことになる。
自由も人生もその人が日々自らの力で獲得してこそ
それを享受するに値するだけの意味を持つ。

だからこの地では、子供も、大人も、老人も、
危険や困難に取り囲まれながら、自らの有意義な時を過ごすのだ。

私はそのような群衆を見つめながら、
自由な土地の上に、自由な民と共に立ちたいのだ

そうした瞬間に向かってならこう呼びかけてもいいだろう。
とどまれ、お前はいかにも美しいと。

私が地上に生きた日々の足跡は、
幾千もの時代を経ても決して滅び去ることがない

この大いなる幸福を予感しながら
私は今、最高の瞬間を味わうのだ

(ファウストは後ろへと倒れ込み、死霊たちが彼の遺体を捕えて地面へと横たえる。)

・・・

次回記事:「過ぎ去るのと無いのとは同じこと」悪魔メフィストフェレスが語る究極のニヒリズム、『ファウスト』の和訳と解釈⑮

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