「千本の手を動かす一つの精神」、盲目となるファウストと心の内に増していく光、『ファウスト』の和訳と解釈⑬

前回書いたように、『ファウスト』第二部第五幕の「真夜中」の章後半部分では、ファウストと彼のもとに残った最後の灰色の女である「憂い」との問答の場面が描かれています。

そして、「憂い」がもたらす絶望の力を自らの意志の力によって退けたファウストに対して、彼女はその去り際に、自分が持つ最後の力をふるって彼の両眼に息を吹きかけ、「憂い」の息が持つ呪いの力によって、ファウストは盲目となってしまいます。

しかし、こうして、彼の目の前に見える闇がどんどん深くなっていくのとは対照的に、ファウストの心の内では彼の精神を満たす明るい光がその輝きを増していくことになるのです。

スポンサーリンク

盲目となるファウストの心の内にある光が語られる場面のドイツ語原文

ファウスト』第二部第五幕の「真夜中Mitternachtミッターナハトゥ)」の章最後の部分では、

憂いが吹きかける呪いの息によって盲目となったファウストが、自らの心の内に増していく光について高らかに語り上げる場面が描かれています。

そして、その場面は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。

・・・

Faust (erblindet):

Die Nacht scheint tiefer tief hereinzudringen,
Allein im Innern leuchtet helles Licht;
Was ich gedacht ich eil es zu vollbringen;
Des Herren Wort, es gibt allein Gewicht.
Vom Lager auf, ihr Knechte! Mann für Mann!
Lasst glücklich schauen, was ich kühn ersann.
Ergreift das Werkzeug, Schaufel rührt und Spaten!
Das Abgesteckte muss sogleich geraten.
Auf strenges Ordnen, raschen Fleiß,
Erfolgt der allerschönste Preis;
Dass sich das größte Werk vollende,
Genügt ein Geist für tausend Hände.

ファウストの心の内の光が語られる場面のドイツ語文と日本語文の対訳

そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。

ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、

日本語の訳文を書いた後の印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。

また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。

・・・

Faustファウスト):
(erblindet)(エアブンデットゥ、盲目となる

Die Nacht scheint tiefer tief hereinzudringen,
(ディー・ハトゥ・シャイントゥ・ティーファー・ティーフ・ヘインドンゲン)
夜がだんだん深まっていき、深い闇が押し迫ってくるようだ

hereindringen:侵入する、押し入ってくる

Allein im Innern leuchtet helles Licht;
(アイン・イム・ンナーン・イヒテン・レス・ヒトゥ)
それでいて心の内には明るい光が輝いている

Was ich gedacht ich eil es zu vollbringen;
ヴァス・イヒ・ゲハトゥ・イヒ・イル・エス・ツー・フォルブンゲン)
私は自分が考えてきたことを急いで成し遂げなければならない

Des Herren Wort, es gibt allein Gewicht.
(ダス・レン・ヴォルトゥ・エス・ープトゥ・アイン・ゲヴィヒトゥ)
ただ主(あるじ)の言葉だけが重要だ。

es gibt+[4]:~がある、存在する。

Vom Lager auf, ihr Knechte! Mann für Mann!
(フォム・ーガー・オフ・イーア・クヒトゥ・ン・フューア・ン)
寝床から起き上がるのだ、お前たち、わが僕たちよ、一人また一人と。

Lasst glücklich schauen, was ich kühn ersann.
ッストゥ・グリュックリヒ・シャオエン・ヴァス・イヒ・キューン・エアン)
私が大胆な意志によって考え出した計画を見事に実現させて見せるのだ。

ersinnen:計画を考え出す、思いつく。

Ergreift das Werkzeug, Schaufel rührt und Spaten!
(エアグイフェン・ダス・ヴェルクツォイク・シャオフェル・リュールトゥ・ウントゥ・シューテン)
道具を手に取り、鍬(くわ)と鋤(すき)を動かすのだ。

Das Abgesteckte muss sogleich geraten.
(ダス・プゲシュテクテ・ムス・ゾグイヒ・ゲーテン)
定められた計画は、速やかに成し遂げられなければならないのだから。

apstecken:杭打ちなどで境界を画定する、計画や目標を定める。

Auf strenges Ordnen, raschen Fleiß,
(アオフ・シュトンゲス・ルドネン・ッシェン・フイス)
厳格な規律に従い、弛まぬ勤勉さを示す者には、

Erfolgt der allerschönste Preis;
(エアフォルグ・デア・ラーシェーンステ・プイス)
すべてのもののなかで最も美しい恩恵がもたらされる。

rasch:速い、素早い、急速な。

Dass sich das größte Werk vollende,
(ダス・ズィヒ・ダス・グーステ・ヴェルク・フォルンデ)
大いなる計画の完成は、

Genügt ein Geist für tausend Hände.
(ゲニュークトゥ・アイン・イストゥ・フューア・オゼントゥ・ンデ)
千の手を動かす一つの精神によって成し遂げられるのだ。

genügen:十分である、足りる、~を満たす

スポンサーリンク

盲目となるファウストの心の内にある光が語られる場面の全文和訳

そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。

・・・

盲目となるファウスト

夜がだんだん深まっていき、深い闇が押し迫ってくるようだ
それでいて心の内には明るい光が輝いている

私は自分が考えてきたことを急いで成し遂げなければならない
ただ主(あるじ)の言葉だけが重要だ。
寝床から起き上がるのだ、お前たち、わが僕たちよ、一人また一人と。

私が大胆な意志によって考え出した計画を見事に実現させて見せるのだ。
道具を手に取り、鍬(くわ)と鋤(すき)を動かすのだ。
定められた計画は、速やかに成し遂げられなければならないのだから。

厳格な規律に従い、弛まぬ勤勉さを示す者には、
すべてのなかで最も美しい恩恵がもたらされる。

大いなる計画の完成は、
千の手を動かす一つの精神によって成し遂げられるのだ。

・・・

以上のように、

『ファウスト』第二部第五幕「真夜中」の章の最後の部分では、「憂い」が吹きかける呪いの息によって盲目となったファウストが、自らの心の内に増していく光について高らかに語り、

自分が思い描いてきた計画が成し遂げられる瞬間が迫っていることを予期して、その精神の働きにさらに拍車をかけていく場面が描かれています。

そして、ここから物語は、ファウストの身に死の時が訪れ悪魔メフィストフェレスとの契約の時を迎える終末の場面へと、一気に加速していく形で話の流れが進んで行くことになるのです。

・・・

次回記事:「最後の仕事が最高の成果となる」死を迎えるファウストの言葉の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑭

前回記事:「憂い」を退けるファウストの意志の力と彼に与えられる最後の試練、『ファウスト』の和訳と解釈⑫

ドイツ語のカテゴリーへ

スポンサーリンク
サブコンテンツ

このページの先頭へ