画家ルノワールと喫茶店ルノアールの関係とは?フランス語の発音の違いとタンゴ・ノアール
喫茶室ルノアールは、1964年創業の株式会社銀座ルノアールが東京都や神奈川県を中心に展開している喫茶店チェーンであり、ゆったりとした静かでくつろげる雰囲気が人気の喫茶室でもあります。
ところで、「ルノアール」というと、暖かで繊細な色調で描かれた人物画などで有名なフランスの画家ルノワール(Renoir)が連想されることになりますが、
喫茶室ルノアールと画家ルノワールはどのような関係にあるのでしょうか?
そして、
“Renoir“の発音は、「ルノアール」と「ルノワール」のどちらの発音の方がより正しい発音であると考えられることになるのでしょうか?
喫茶室ルノアールの名前の由来と画家ルノワールとの共通点
まず、
喫茶室ルノアールにおける「ルノアール」という言葉の由来についてですが、
それは、明らかに、19世紀後半から20世紀初頭のフランスの印象派の画家であるピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir、1841~1919年)の名前に由来する名称ということになります。
2016年の夏に、六本木の国立新美術館で開催されていた「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵、ルノワール展」では、喫茶室ルノアールとのタイアップ企画なども行われていましたが、
そもそも、喫茶室ルノアールのホームページのアドレス表記も”http://www.ginza-renoir.co.jp/renoir/”となっているように、
「ルノアール」を示すアルファベット表記は、画家ルノワールのアルファベット表記と同じ”renoir“という表記になっているほか、
喫茶室ルノアールのキャッチコピーには「名画に恥じぬ喫茶室」という言葉も使われていたり、
喫茶店内部の壁に、ルノワールやモネといった印象派の画家たちの名画のレプリカが飾られている店舗もあったりするので、
喫茶室ルノアールという名称は、明らかに、画家ルノワール(Renoir)の名前を強く意識して付けられた名称であると考えられることになります。
ちなみに、
喫茶室ルノアールのドリンクメニューにある紅茶の表記は、「ティ」や「アイスティ」という表記になっているのですが、
英語で紅茶を表す”tea“が「ティー」と発音されるのに対して、
フランス語で紅茶のことを示す”thé“は、「テ」または「ティ」と発音されることになるので、
上記の喫茶室ルノアールにおける紅茶の表記は、ルノワールの出生地であるフランスにおける発音に近い表記で記されているとも考えられることになります。
また、
画家ルノワールの作品には、人物の繊細で柔らかな表情や、人々の暖かい雰囲気を描き出す作風のものが多いように感じられますが、
以上のようなことからも、
喫茶室ルノアールがかもし出す雰囲気からは、どこか、画家ルノワールの作品を思わせるような、人々が暖かい気持ちでゆっくりと静かにくつろげる洗練された空間を演出しようとする試みなども読み取ることができるように思います。
Renoirのカタカナ表記の変遷の歴史と「タンゴ・ノアール」
そして、次に、”Renoir“という単語の発音についてですが、
“Renoir“という言葉をさらに語源にまで分解していくと、
それは、フランス語で強意や再帰の意味を持つ接頭辞である”re-“(ル)と、
「黒い」という意味の形容詞である”noir“から成り立っていると考えられることになります。
そして、
フランス語において、”oi“という二重母音の発音は、基本的には「ワ」と発音されることになるので、
「黒い」という意味を表す”noir“は、「ノワール」と発音され、
“Renoir”も、フランス語の本来の発音に近い形としては、「ルノアール」ではなく、「ルノワール」と発音されることになります。
それでは、
“Renoir“を「ルノアール」と表記している喫茶室ルノアールの表記は、日本語におけるカタカナ表記としては単なる間違いや不正確な表現なのか?というと、それがそう単純なわけでもなく、
例えば、
銀座ルノワールの創業(1964年)とほぼ同時期に出版された1969年発行の『広辞苑』第二版においては、画家Renoirについて記した項目の見出し表記は「ルノアール」となっています。
また、
フランス語の”noir“(ノワール)は、色としての黒さだけではなく、人種としての黒人のことを示す単語ともなっていて、
例えば、「黒人歌手」は、フランス語では”chanteur noir“(シャンテール・ノワール)と呼ばれることになるのですが、
そうしたことに関連して、
例えば、1987年にリリースされた歌手の中森明菜さんの楽曲に
「TANGO NOIR」(タンゴ・ノアール)という歌があります。
この”tango noir“とは、直訳すると、「黒いタンゴ」、すなわち、「黒人のタンゴ」という意味になりますが、
こうした1980年代の楽曲においても、”noir“の発音は、「ノワール」ではなく、「ノアール」とされていて、曲中における中森明菜さんの実際の発音でも、”tango noir”の部分は、「タンゴ・ノワール」や「タンゴ・ノワー」ではなく、「タンゴ・ノアー」と言っているように聞こえます。
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そして、以上のことを踏まえると、
1960年代~1980年代においては「ノアール」と表記されるのが通例だった”noir“のカタカナ表記が、2000年代~2010年代頃までには「ノワール」という表記へとおおむね変化していったと考えられることになり、
だいたい1990年代から2000年代頃を境として、
それ以前は、「ノアール」や「ルノアール」といった表記が、
それ以降は、「ノワール」や「ルノワール」といった表記が増えていったのではないかと推測されることになります。
つまり、
1990年代から2000年代頃にかけて、日本語におけるカタカナ表記であっても、
明治時代以降のそれまでの慣例における表記に従うのではなく、原語の発音により近づけた表記を用いるようにすることが求められるようになっていき、
“noir“や”Renoir“の日本語におけるカタカナ表記については、上記の年代を境界線として、現在では「ルノワール」という表記の方が主流の表記であるとされるようになっていったと考えられるということです。
そして、
こうしたカタカナ表記の変遷の歴史の流れの中で、
現在の「ルノワール展」などにおける「ルノワール」という表記と、1964年創業である喫茶室ルノアールにおける「ルノアール」という従来の表記との間に、日本語におけるカタカナ表記上の乖離が生じてしまうことになっていったと考えられることになるのです。
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