宇宙の混合過程と分離過程における二重の生成と二重の消滅、エンペドクレスの宇宙観①
エンペドクレスにおいては、
万物の四根(tessara panton rhizomata、テッサラ・パントーン・リゾーマタ)
と呼ばれる水、空気、火、土の四元素が
「愛」と「争い」と呼ばれる引力と斥力という二つの力の原理に従って
混合と分離を繰り返すことによって、すべての存在が形成されていくと考えられることになるのですが、
こうしたエンペドクレスの哲学思想においては、
宇宙における万物の生成と消滅や宇宙全体の周期的な変動のあり方までもが
四元素と「愛」と「争い」という二つの力の原理によって
描かれていくことになります。
ちょうど、現代物理学の宇宙論において、
17の素粒子と電磁気力、弱い核力、強い核力と重力という根源的な四つの力によって物体や物質といったすべての物理的存在が形づくられていると考えられているように、
古代ギリシアの自然哲学であるエンペドクレスの思想においては、宇宙の姿は、
こうした四元素と根源的な二つの力の原理によって形成されていると
捉えられていくことになるのです。
「死すべきものども」と宇宙のすべて
エンペドクレスの著作である『自然について』と呼ばれる叙事詩においては、
宇宙における万物の生成と消滅のあり方は以下のように語られています。
死すべきものどもには二重の生成と二重の消滅とがある。
すなわち、一方では、万物の四根の結合がある種族を生んでは、また滅ぼし、
他方では、それらのもの全て(万物の四根)が再び分離するにつれ、
別の種族が育まれては、また四散する。
これらのことは永遠に交代し続けて決して止むことがない。
ある時には「愛」の力によって全ては結合して一つとなり、
ある時には「争い」の持つ憎しみによってそれぞれが離れ離れになりながら。…
それらのものは生成しつつあるのであって、永続する生を持ってはいない。
しかし、それらのものが永遠に止むことなく交代し続ける限りにおいては、
それらは円環を成しつつ、常に不動なるものとして在るのである。
(エンペドクレス・断片17)
まず、
ここで語られている「死すべきものども」とは、
不死なる存在である神々に対して、そうではない者たち
という意味で用いられている言葉なので、
「死すべきものども」とは、神々のような不死の存在ではないもの、すなわち、
人間やその他のあらゆる生物や事物、この宇宙の内に存在するすべてのもののことを意味する概念と考えられることになります。
そして、
そうした死すべき者たちの集まりとしての宇宙のすべての存在、宇宙全体は、
以下のような二重の生成と二重の消滅の原理によって成り立っていると
エンペドクレスは語ることになるのです。
二重の生成と二重の消滅に基づく宇宙観
上記のエンペドクレスの言葉において語られている
二重の生成と二重の消滅とは、
世界のすべての存在の始原(arche、アルケー、元となるもの、根源的原理)である
万物の四根(四元素)が互いに結合と分離を繰り返していく過程において現れる
人間も含めた多様な種族の誕生と滅亡のことを意味しています。
そして、
万物の四根が互いに結合していく過程と分離していく過程の両方において
様々な種族の生成と消滅が現れることになるので、
それが二重の生成と二重の消滅として語られているということになります。
つまり、
多様な種族の生成と消滅は、宇宙の形成における混合過程と分離過程の双方で現れ、
行きと帰りの両方で計1回ずつ種族の生成と消滅の期間が訪れることになるので、
全部で合わせて2回ずつの生成と消滅が出現することになるということです。
四元素の混合過程における種族の生成と消滅
それでは、
なぜ、宇宙の形成における混合過程と分離過程の双方で
多様な種族の生成と消滅が現れることになるのか?
ということについてですが、
それには以下のような理由があると考えられることになります。
まず、
四元素の混合過程においては、
それまでバラバラに散らばっていた元素たちが互いに結びつき合い
様々な色や形を持った存在を新たに形づくっていくことになるので、
その際に、新たな性質を持った多様でユニークな種族たちが次々に誕生していくことになります。
しかし、
こうした四元素同士の結合がどんどん進行していって、
ついに、宇宙全体に存在するすべての元素がみな一点に集まって、均一に混合した状態を形成するまでに至ると、
そこにはもはや、多様な種族が存続する余地は残されていないと
考えられることになります。
万物の四根(四元素)がすべて一つに合わさった状態というのは、
いわば、世界中のありとあらゆる色や光が一点に集まり、
真っ黒か真っ白一色の球のような状態になっているということを意味することになるので、
そのような状態では、宇宙における様々な姿をした星々や銀河、
地球上の様々な姿をした動物や植物といった多様な種族が存在する余地は
どこにもなくなってしまうということです。
このように、
四元素のすべてが一点に終結する完全で均一なる結合状態においては、
四元素の混合と結合の過程で生まれていたはずの多様な種族たちはすでにすべて滅び去ってしまい、
広大な無の空間の中にポツリと一つの丸い球だけが存在する
という状態になってしまうと考えられることになるのです。
あるいは、
そうした空間全体もその一つの丸い球の内へと圧縮されてしまい、
空間も含めたあらゆる存在が限りなく小さな一なる存在へと収縮している状態と考えることもできるかもしれません。
いずれにせよ、こうした四元素の混合過程においては、
元素同士の結合が進行していく途上においては、多様な種族が生成してくるのですが、
いったん混合過程が完了し、すべてが一なる存在へと完全に結合してしまうと、
そうした多様な種族たちは消滅し、すべて消え去ってしまうことになるのです。
四元素の分離過程における種族の生成と消滅
それに対して、
四元素の分離過程においても、
すべてがミックスされた一なる存在から各元素が分離して離れ去って行くにしたがって、混合過程と同様に、再び多様な種族たちが形成されていくことになるのですが、
いったん分離過程が完了して、四元素のそれぞれが完全な分離状態に陥ってしまうと、
そこには水、空気、火、土という四つの元素以外には何者も存在しない
いかなる多様性をもった種族も存在しえない無味乾燥な世界が出現することになります。
四元素のすべてがそれぞれの元素ごとに完全に分離した状態というのは、
いわば、宇宙を形づくっている四種類のレゴブロックやダイヤブロックのようなものがすべて一つ一つのブロックに分かれた状態にまで分解され、ブロックの種類ごとに分類されて材料箱の中に戻されてしまっているような状態ということになるので、
そのような状態では、そうしたブロックの多様な組み合わせによって形づくられることになる様々な性質と形を持った多様な種族は存在しえないということになるのです。
このように、
四元素のすべてが四散してしまう完全な分離状態においては、
その結合状態からの分離過程では存在していたはずの
多様な種族のすべては再び消滅してしまうことになり、
四元素の分離過程においても、その進行過程においては、多様な種族たちが生成していくことになるのですが、ひとたび、分離過程が完了し、すべてが四散した完全なる分離状態が訪れることになると、そうした多様な種族のすべては消滅してしまうことになるのです。
・・・
以上で、万物の四根の混合過程における種族の生成と消滅と
分離過程における種族の生成と消滅という
エンペドクレスの宇宙の形成過程における二重の生成と二重の消滅のあり方のすべてが説明されたことになるのですが、
このように、
四元素と混合と分離の二つの力に基づく
エンペドクレスの宇宙観においては、
我々人間を含むあらゆる多様な生物、様々な自然の事物や星々や銀河も含めた
「死すべきものども」としての多様な種族たちは、
四元素が混合と結合へと向かう過程と
その反対に、分離と拡散へと向かう過程という
宇宙の形成における二つの過渡期の内においてのみ存在し、その混合と分離のどちらの終着点においても存在し続けることができずに消え去ってしまう儚い存在として
捉えられることになるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:エンペドクレスにおける愛と争いの原理とアナクシマンドロスにおける不正と償いの概念の共通点と相違点
このシリーズの次回記事:宇宙の終着点であり新たな宇宙創成の開始点でもあるスパイロス(真球)、エンペドクレスの宇宙観②
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