オカルト思想の源流にある中世における四つの代表的な思想の潮流とは?②ヘルメス主義における生命論的・汎神論的な世界観
前回書いたように、中世のヨーロッパにおけるオカルト思想の源流にある代表的な思想として挙げた新プラトン主義・ヘルメス主義・カバラ・ルスス主義という四つの思想的潮流のうち、
最も影響力の強かった哲学思想としては新プラトン主義における一者との合一を究極の目標とする神秘主義の思想が挙げられることになると考えられるのですが、
こうした中世ヨーロッパにおけるオカルト思想の興隆の原動力となった古代思想のなかで、新プラトン主義に次いで強い影響力を持っていた思想的潮流としては、
ヘルメス主義と呼ばれる古代思想の存在を挙げることができると考えられることになります。
ヘルメス文書と「三重の偉大なるヘルメス」の名の由来
ヘルメス主義(Hermeticism)とは、紀元前3世紀から紀元後3世紀の古代エジプトのナイル川の流域の諸都市において成立していったと考えられるヘルメス文書と呼ばれる一連の著作群に基づく思想活動や世界観のことを意味する言葉であり、
こうしたヘルメス文書と呼ばれる一連の著作は、ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistus)と呼ばれる伝説上の導師が、自らの教えを弟子たちに語り伝えていく形で記された書物として位置づけられています。
古代ギリシア語において、ヘルメス・トリスメギストスとは、「三重の偉大なるヘルメス」といった意味を表す名称ということになるのですが、
こうしたヘルメス・トリスメギストスやヘルメス主義の名前などに用いられている「ヘルメス」という言葉は、
もともとは、本来ギリシア神話における伝令の神であり、幸運と富とを司る神でもあったヘルメスが、
古代エジプトにおける知恵と学問を司る神であったトート神などと結びつけられることによって用いられることになった言葉であると考えられることになります。
そして、こうした古代ギリシアやエジプトの神々の名に由来するヘルメスという名前に対して、
そこにトリスメギストス(trismegistus)すなわち「三重の偉大なる」という尊称がつけられて呼ばれるようになった理由としては、
こうした古代思想の体系を築き上げた伝説上の導師の存在を三重に讃えることによって、そこに最大の尊厳を付与する呼び名として用いられるようになっていったとも、
その名は、エジプトやバビロニアなどにおいて活躍していたとされる同じヘルメスという名の三人の賢者に由来しているとも語り伝えられているのです。
ヘルメス主義における生命論的・汎神論的な世界観とオカルト思想との関係
そして、
こうしたヘルメス文書に基づく古代思想であるヘルメス主義においては、
前回取り上げた紀元後3世紀のギリシアの哲学者であるプロティノスを始祖とする新プラトン主義を中心とした古代ギリシアの哲学思想から、エジプトの太陽信仰、
さらには、精神と身体、あるいは、人間と世界といった二元論的対立を問題とするグノーシス主義的な思想に至るまで、様々な世界観や宇宙論、人間論や神論などが語られていくことになるのですが、
そのなかでも、
ヘルメス主義においては、そうした人間と世界、社会と自然といった存在を生命に満ちた調和と統一において肯定的な形で捉えていくという一元論的世界観が一つの中心として位置づけられていく形で思想体系が築き上げられていくことになります。
そして、
こうした宇宙の存在自体を生命に満ちた調和と統一として捉えるヘルメス主義における世界観からは、新プラトン主義における一者の存在にも通底する一元論の思想を読み取ることができると考えられることになるのですが、
それと同時に、
そこには、そうした新プラトン主義における一者からの一方的な存在の流出という思想の枠組みだけでは捉えきることができない生命論的あるいは汎神論的な世界観を見いだすことができると考えられることになります。
そして、その後の中世のヨーロッパにおいては、こうしたヘルメス主義と呼ばれる古代思想が持つ生命論的・汎神論的な側面が強調されていく形で受け継がれていき、それが錬金術や魔術的な思想傾向とも結びついていくなかで、
フィチーノやピコ・デラ・ミランドラにおける哲学思想や人文主義に代表されるようなルネサンス期のヨーロッパにおけるオカルト思想の興隆へとつながっていく思想的な土台が形づくられていくことになっていったと考えられることになるのです。
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次回記事:オカルト思想の源流にある中世における四つの代表的な思想の潮流とは?③ユダヤ教のカバラにおける数秘学的な神秘主義の思想
前回記事:オカルト思想の源流にある中世における四つの代表的な思想の潮流とは?①新プラトン主義における人間の魂と一者の合一
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