弱虫、泣き虫、本の虫にはなぜ「虫」がつくのか?二重の意味によって説明される虫という言葉自体の解釈
特定の人間が持つある種の特徴的な性格や性質のことを意味する言葉として、
弱虫や、泣き虫、金食い虫、あるいは、本の虫や、働き虫といった表現が用いられることがありますが、
そもそも、こうした表現には、なぜ「虫」という言葉がつけられていると考えられることになるのでしょうか?
それについては、以下で詳しく考えていくように、こうした表現には大きく分けて二通りの意味が込められていると解釈することができると考えられることになります。
小さな虫の姿にたとえることで卑下する意味を表す一般的な解釈
まず、最も一般的な解釈としては、
こうした弱虫や、泣き虫といった言葉においては、
気が弱くて意気地のない人や、ちょっとしたことでもすぐに泣き出してしまう人の姿を小さくて弱々しい虫の姿にたとえることによって表現していると考えられることになります。
こうした「虫」という言葉が直接ついた表現のほかにも、
例えば、
気が小さくて臆病な人物のことを指して、蚤の心臓などといった表現が用いられることなどもありますが、
つまり、
昆虫やクモ(蜘蛛)、さらには、ダニやノミ(蚤)などといったといった人間や哺乳類などの一般的な動物と比べると比較的体の構造が単純で、姿形も小さい形状をしている下等生物の姿になぞらえる形で、
こうした弱虫や、泣き虫、あるいは、お金ばかりがかかって利益や成果などがまったく上がらない状態などのことを指して金食い虫といった表現が用いられていると考えられることになるのです。
もっとも、その一方で、
本の虫や、働き虫といった言葉については、
四六時中本ばかり読んで勉学に励んでいる人や、一日中せっせと働き続けている人のことを指して用いられる表現であり、
こうした読書や勉学、あるいは、労働や仕事に励んでいるという状態は、前述した弱虫や泣き虫などとは異なり、当人の人生や社会にとって有益な状態のことを指していると考えられるので、
これらの表現においては、必ずしも劣っているとか悪いといった意味でだけ、「虫」という言葉が用いられているとは限らないとも考えられることになります。
しかし、こうした本の虫や、働き虫といった言葉の場合でも、
そこには、勉学や仕事に励んでいる人に対して向けられる純粋な尊敬というよりは、
いつも本ばかり読んでいて生身の人間とはあまり話そうとしない面白味のない人間といった意味や、言われた仕事を機械的にこなす以外に能がないつまらない人物といった馬鹿にしたり、からかったりするようなニュアンスが込められているケースなども多いと考えられることになるので、
そういう意味では、
こうした弱虫や、泣き虫、金食い虫、あるいは、本の虫や、働き虫といった人間の性質を「虫」の姿にたとえる表現においては、
一般的に、人間の様々な性質や性格のあり方を小さな虫の姿にたとえることで、多少なりとも卑下するといった意味合いが込められていると考えられることになるのです。
「虫」という言葉自体がそのまま人間自身のことを意味する言葉であるとする第二の解釈
それに対して、
こうした弱虫や泣き虫といった表現に「虫」という言葉がついている理由を説明するもう一つの解釈としては、
そもそも、こうした「虫」という言葉自体が、そのまま人間自身のことを意味する言葉でもあると捉えられるということが挙げられることになります。
詳しくは前回書いた「虫と蟲の違いとは?」の記事で考察したように、
こうした弱虫や泣き虫といった言葉に使われている「虫」という漢字や、その旧字体にあたる「蟲」という漢字は、もともとは、昆虫やクモといった小さな虫のことだけではなく、
爬虫類から鳥類、魚類、獣類、さらには、人間まで含むようなあらゆる動物の総称として用いられていたより大きな意味の広がりを持った言葉であったと考えられることになるのですが、
こうした古代における「虫」という言葉の用いられ方においては、羽毛によって覆われている鳥類のことを羽虫(うちゅう)、全身が体毛によって覆われている一般的な獣のことを毛虫(もうちゅう)という言葉によって表現するのに対して、
そうした羽も毛も何も持たない動物である人間のことは、裸虫(はだかむし)という言葉によって表現されることになります。
つまり、
こうした古代における「虫」という言葉自体の意味に基づくと、そもそも人間も含めたあらゆる動物が「虫」という生物の種族の内に含められることになるので、
そもそも別の生物にたとえられるまでもなく、弱い人間のことは弱虫、泣いてばかりいる人間のことは泣き虫、本ばかり読んでいる人間のことを指して本の虫といった表現が用いられることは、
こうした「虫」という言葉自体の由来からして当然のことであるとも解釈することができると考えられることになるのです。
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以上のように、
弱虫や、泣き虫、金食い虫、あるいは、本の虫や、働き虫といった人間が持つ性格や性質のことを意味する表現において、言葉の終わりに「虫」という言葉がつけられている具体的な理由としては、
そこには、人間の様々な性質や性格のあり方を小さな虫の姿にたとえることによって多少なりとも卑下するといった意味が込められていると同時に、
そもそも人間自身が裸虫という言葉によって表現されることがあるように、こうした「虫」という言葉自体がそのまま人間自身のことを意味する言葉でもあるという
二重の意味が存在していると考えられることになるのです。
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次回記事:古代中国における大蟲と『風の谷のナウシカ』における王蟲の関係とは?足を持った生物である蟲と足を持たない豸の区別
前回記事:虫と蟲の違いとは?羽虫・鱗虫・毛虫・裸虫としての鳥類・魚類・獣類・人間の定義と「蟲」から「虫」への漢字の変遷の流れ
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