イデアとは何か?②ピタゴラス学派とソクラテスにおけるイデアの定義
前回書いたように、プラトンの哲学思想において根幹を担う概念の一つであるイデアの概念は、その大本の語源にまでさかのぼると、
古代ギリシア語で「見る」や「知る」といった意味を表す動詞であるエイドー(eido)という言葉へと行き着くことになります。
そして、イデア(idea)というギリシア語の言葉自体の意味としては、それは目に見える物事の姿や形のことを意味する言葉であったと考えられるのですが、
こうした古代ギリシアにおけるイデアの概念は、そこからさらに、ピタゴラス学派やソクラテスの哲学における議論を経ることによって、哲学的な概念として洗練されていくことになるのです。
ピタゴラス学派における普遍的な幾何学図形としてのイデアの概念
イデア(idea)という言葉は、もともとのギリシア語本来の意味としては、姿や形のことを意味する言葉であったと考えられますが、
こうした古代ギリシア語における日常的な言葉としてのイデアが、哲学的な意味合いを帯びるようになっていった最初のきっかけは、ピタゴラス学派の思想の内に求められると考えられることになります。
紀元前6世紀の古代ギリシアの哲学者にして宗教家であり、数学者でもあったピタゴラスを開祖とするピタゴラス学派においては、
様々な事物の内に見いだされる数学的な比例関係や、抽象的な幾何学図形の内に、万物を成り立たせている真理が見いだされていくことになるのですが、
そうしたピタゴラス学派では、三角形や円といった幾何学的な図形の形を意味する言葉として、イデア(idea)という概念が使われていくことになります。
そして、
現実の世界における事物の具体的な姿や形よりも、その背後に在る数学的な真理の存在に重きを置いていたピタゴラス学派においては、
図形の形とは言っても、道端に転がっている丸い小石や、砂の上に刻まれた三角形を描く線の跡といった目に見え、感覚的に知覚されている形ではなく、
そうした現実の世界における可感的な事物の背後にある図形そのものの抽象的な概念のことを指して、イデアという言葉が用いられるようになっていきます。
つまり、ピタゴラス学派において、イデアいう概念は、
人間の頭の中にある普遍的な幾何学図形の概念そのもののことを意味する概念として捉えられていたと考えられることになるのです。
ソクラテスにおける善そのものや美そのものとしてのイデアの概念
そしてさらに、
紀元前5世紀の古代ギリシアの哲学者であるソクラテスの時代になると、
その生涯を通じて、人間はいかにして善く生きることができるのか?という人間における倫理的な生き方を探究し続けた哲学者であるソクラテスは、
こうしたイデアと呼ばれる概念を、数学や論理学における概念としてだけではなく、それを道徳的な意味においても適応される概念として捉え直していくことになります。
ソクラテスは、数学や幾何学の分野において正三角形や正四面体についての普遍的な観念が存在するのと同様に、人倫や道徳の分野においても、普遍的な善や普遍的な美についての観念が存在すると考え、
そうした普遍的な観念としての善や美についての知を吟味し、それを探究していくことによって、より善い生き方を見いだしていくことができるということを明らかにしていくことになります。
このように、ソクラテスの哲学においては、
人間が善く生きるために必要となる善そのものや美そのものについての普遍的な知のあり方こそが、イデアという概念が持つ哲学的な意味として捉えられるようになっていったと考えられることになるのです。
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以上のように、
古代ギリシア語におけるもともとの意味では、単に目に見える物事の姿や形のことを意味する言葉であったイデア(idea)という概念は、
紀元前6世紀にはじまるピタゴラス学派における普遍的な幾何学図形としてのイデアの概念の定義と、
紀元前5世紀の古代ギリシアの哲学者であるソクラテスにおける善そのものや美そのものとしてのイデアの概念の定義を経ることによって、
紀元前4世紀の古代ギリシアの哲学者であるプラトンの哲学におけるイデアの概念へとつながっていったと考えられることになります。
つまり、
こうしたピタゴラス学派とソクラテスの哲学におけるイデアの定義が、次の世代の哲学者であるプラトンの思想の内へと受け継がれて行くことによって、
すべての存在の根源にある真なる実在としての普遍的な観念のあり方を意味するプラトンの哲学におけるイデアの概念が確立されていったと考えられることになるのです。
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次回記事:イデアとは何か?③プラトンの『饗宴』と『パイドン』におけるイデアの定義、すべての美しいものは美のイデアによって美しい
前回記事:イデアとは何か?①古代ギリシア語におけるイデアの語源とエイドーとイデインとエイドスの意味の違い
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