ゴルギアスの思想の概要
ゴルギアス(Gorgias、紀元前487年頃~紀元前376年頃)は、
紀元前5世紀後半の古代ギリシアで活躍したソフィストと呼ばれる思想家の一人であり、
何も存在しない。
たとえ存在するとしても、それを知ることはできない。
知り得たとしても、そのことを他人に伝えることはできない。
という存在と真理に対する三段階の否定の論理を唱えた思想家です。
彼は、現在のイタリア共和国、シチリア島東岸にあったギリシア人都市である
レオンティノイ(Leontinoi、現在はイタリア語でレンティーニ(Lentini)と呼ばれる)の出身であり、
巧みな弁論術と複雑に組み上げられた修辞学の理論によっても
知られていました。
ゴルギアスは、諸国を遍歴していく中で、
自らの弁論術を聴衆たちに実演して見せることによって、その名声を高めるとともに、弁論と修辞学の手法をギリシア各地の人々へと教え広げていくことになりますが、
こうした思想と言論面における幅広い活動から、
彼は、当時における民主制の先進地域の一つであったシチリアのギリシア人諸都市からアテナイへと弁論術と修辞学の技法をもたらし、
この地における学術的発展と、それに伴う民主政治の発展に大きく貢献した思想家としても位置づけられることになります。
ゴルギアスの思想の概要
ゴルギアスの思想は、
『あらぬものについて(非存在論)』や、
『ヘレネ頌(しょう)』、『パラメデスの弁明』などといった彼自身の著作によって知ることができますが、
ちなみに、
上記のゴルギアスの著作のタイトルになっている
「ヘレネ」と「パラメデス」とは、
それぞれ、美女ヘレネ(Helene)と英雄パラメデス(Palamedes)という
ギリシア神話に出てくる登場人物のことを指す人名ということになります。
そして、例えば、
上記の作品の内の『ヘレネ頌』においては、
その美しさがトロイア戦争の引き金となり、
ひいては、トロイアという国家滅亡の原因ともなったことから、
男を惑わし、国家に災厄をもたらす疫病神のような女性という悪い評価も与えられていた美女ヘレネのための弁明が展開されていくことになります。
このように、
ゴルギアスは、当時のギリシアの人々によく知られていた
ギリシア神話の登場人物を例に挙げて、
彼らに関する一般的・常識的な理解を
自らが用いる言論の力と弁論の技術によって覆していくことを
実演してみせることによって、
そうした言論の力の効力を演説の聴衆や著作の読者たちに対して示していたと考えられるのです。
言論の力と弁論の技術によって常識を覆していく議論を展開するという思考のあり方は、同時代のソフィストであったプロタゴラスにおいてもよく見られる手法ということにもなりますが、
ゴルギアスが用いる言論の力による批判の矛先は、
一般の人々における理解のあり方や常識についてだけではなく、論理によって組み上げられた学問体系である哲学自体へも向けられていくことになります。
当時の古代ギリシア世界において
最も論理的整合性が高い思想体系であり、
ある意味では、プラトンやアリストテレス、そして、デカルトやスピノザといった
その後のすべての哲学がその思想の上に築かれていくことになると考えることもできる哲学として、
パルメニデスを始祖とするエレア学派の哲学思想が挙げられることになります。
エレア学派においては、すべての存在の根源には
存在そのものであるあるもの(to eon、ト・エオン)があるとされ、
「あるもの」(存在そのもの)を探究することによって
哲学の究極の目的である普遍的真理の探究がなされるという考え方のもとに、
すべての哲学理論が形成されていくことになります。
これに対して、ゴルギアスは、
『あらぬものについて』と題する彼自身の著作の中で、
こうしたパルメニデスに始まるエレア学派の哲学思想の根幹にある
「あるもの」(存在そのもの)という概念自体を否定していくことを目的として、
冒頭に挙げた
何も存在しない。
たとえ存在するとしても、それを知ることはできない。
知り得たとしても、そのことを他人に伝えることはできない。
という存在と真理に対する三段階の否定の論理を展開していくことになるのです。
・・・
以上のように、
ゴルギアスは、自らの弁論術を用いた議論を駆使し、
エレア学派が真理であるとする「あるもの」(存在そのもの)が
「あらぬもの」(非存在)であると論証することもできることを示すことによって、
エレア学派が探究の対象とする普遍的真理である「あるもの」(存在そのもの)の
存在自体を否定することになるのですが、
「あるもの」(存在そのもの)を絶対的・普遍的真理として、
それを探究することを究極の目的とするパルメニデスに始まるエレア学派の哲学者たちの哲学思想と全面対決し、これを全面的に否定していくことは、
ひいては、言葉と論理によって普遍的真理を探求しようとする
哲学という学問のあり方そのものをも否定する議論へもつながっていくことになります。
つまり、
ソフィストであるゴルギアスは、
普遍的真理を探究する学としての哲学自体のあり方を
批判し、否定することによって、
哲学を否定する哲学、すなわち、
反哲学の哲学思想を展開していったと考えられることになるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:「弱論を強弁する」弁論の力とプロタゴラスの相対主義
このシリーズの次回記事:ゴルギアスの『ヘレネ頌』における美女ヘレネのための三つの弁明①古代ギリシア社会におけるヘレネの悪評の由来
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