プロタゴラスの思想の概要
プロタゴラス(Protagoras、紀元前490年頃~紀元前420年頃)は
紀元前5世紀後半の古代ギリシアで活躍したソフィストの一人で、
「人間はすべての物事の尺度である」という言葉に代表される
人間尺度説と呼ばれる相対主義の思想を唱えた思想家です。
彼は、現在のギリシア北東部、トラキア地方にあった古代ギリシア都市である
アブデラ(Abdera)の出身ですが、
当時の古代ギリシア世界において学問研究と政治活動の一大中心地となりつつあったアテナイを中心に、ギリシア諸国を遍歴していく中で、
弁論術の実践と教授や法律家としても活躍した思想家であり、
アテナイにおける民主政治の進展の中で市民を巻き込む形で展開された
ソフィスト思潮(sophistic movement、ソフィスティック・ムーブメント)と呼ばれる一連の思想運動の中の先駆的な立場に位置づけられる思想家でもあります。
プロタゴラスの思想の概要
プロタゴラスの思想は、
「人間はすべての物事の尺度である」という
あらゆる価値観に対する相対主義の思想に関連して、
「弱論を強弁する」などの言葉に代表される
弁論術の議論によっても知られています。
この場合の弁論術とは、
単なる話し合いにおける議論の仕方というよりは、
一つのテーマについて、賛成派と反対派、その命題が真であるとするグループと偽であるとするグループというように二つのグループへと分かれて、
互いに相手の主張を論駁して打ち負かすことを目的とする
ディベート(debate)における言論の力と技術のことを指す概念と考えられことになります。
そして、
そうしたいわゆるディベート術のようなものとしての
優れた弁論の技術があれば、
あるテーマに関して、仮に少数派であったり、根拠が弱いと考えられている立場に立ってこれを擁護する弁論を行ったとしても、多数派であり、常識的には正論とされる立場の議論を論駁し、これを打ち負かすことができるというように、
根拠の弱い「弱論」を、弁論の技術によって補い、その立場を強力に弁護して自らの主張を押し通し、相手を打ち負かすように「強弁」することが可能になると考えられることになるのです。
そして、
一つのテーマ、一つの命題について、真と偽どちらの立場に立っても
相手の主張を打ち負かし、自分が主張する立場を正当化することができるという考え方は、
そもそも、あらゆる言説において、その命題が真であるか偽であるかということについての普遍的真理自体が存在しないという考えへとつながっていくことになります。
例えば、
神は存在すると言っても、存在しないと言っても、
肉体の死後にも魂としての生があると言っても、そんなものはないと言っても、
どちらの言説も同様に正当化することが可能であり、
どちらの主張が真とされ、偽とされるのかは、
いかにして、相手の議論を打ち負かし、その場にいる人々をうまく説得できるのか?という弁論の技術とその時々の聴衆に合わせた議論の説得力の差によって決まるものに過ぎないと考えられるというようにです。
つまり、こうしたプロタゴラスの考え方に基づくと、
この世界には、どちらか一方の主張のみが絶対的に正しいといった
普遍的真理などは存在せず、
人間の言語能力と論駁の技術、そしてそれに基づく説得力と人々の支持によって決まる相対的な価値観のみが存在するに過ぎないと考えられることになり、
冒頭の「人間はすべての物事の尺度である」という
絶対的・普遍的な存在としての真理の否定と、あらゆる価値観についての相対主義の思想へと行き着くことになると考えられるのです。
そして、
プロタゴラスは、そうした真理に対する相対主義、あるいは不可知論とも言える主張を古代ギリシアにおける宗教観へも広げていくことになるのですが、
その中で彼は、以下のような言葉を残しています。
私は、神々については何も知り得ない。
それらが存在するともしないとも、
いかなる姿形をしているともいないとも。
それらのことを知るために妨げとなることは多く、
事柄は不明瞭で、人間の命は短いのである。
(プロタゴラス・断片4)
そして、
こうしたプロタゴラスの発言が、当時のアテナイの市民たちからは、
ギリシアにおける伝統的な神々と信仰を冒涜する思想として受け止められることになり、
その後、彼は、
アナクサゴラスやソクラテスと同様の不敬神の罪によって
アテナイから追放されることになります。
そして、
彼が書き残した書物も市民の心を惑わし社会を脅かす危険思想として
すべて焼き捨てられてしまうことになるのですが、
その一方で、
プロタゴラスがアテナイの社会に残した弁論の技術と相対主義や不可知論といった新しい思想のあり方は、古代ギリシア世界における民主政治と思想史の発展に大きく貢献していくことになり、
広い意味においては、ソクラテスやプラトン、アリストテレスへと続く
その後のアテナイにおける新たな哲学の下地となる議論の土台を築くことにもつながっていくことになるのです。
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