ファウストの名前の由来と錬金術師とローマ神話の幸運と豊穣の女神ファウスティタス
ファウストという名前は、現代では、18世紀のドイツの詩人でもあるゲーテがその生涯をかけて書き続けた長編戯曲『ファウスト』の題名と、この物語の主人公の名前として有名ですが、
このファウストという人物自体は、もともとは、近世のドイツにおけるファウスト伝説を題材として、そこから派生して生まれたキャラクターであったと考えられています。
それでは、こうしたゲーテの『ファウスト』や、その題材となったドイツのファウスト伝説におけるファウストという名前の由来は、具体的にどのようなところにあると考えられることになるのでしょうか?
ファウストの名前の由来とラテン語のファウストゥス
ゲーテの『ファウスト』の題材となったファウスト伝説は、もともと、
15世紀~16世紀頃に実在していたと考えられるドイツの錬金術師であるドクトル・ファウス(Doktor Faust、ファウスト博士)と呼ばれていた人物に関する伝承がもととなって生まれた伝説であると考えられています。
ファウスト(Faust)という名前の由来については諸説あるのですが、この言葉自体は、もともと、
ラテン語で「幸運な」「幸福な」といった意味を表す形容詞であるファウストゥス(faustus)という単語から派生してできた言葉であり、
同じ語源を持つラテン語の固有名詞であるFaustitas(ファウスティタス)は、ローマ神話における幸運と豊穣の女神のことを意味する言葉となっています。
つまり、
ファウスト(Faust)とは、その名前自体が持つ言葉の意味としては、古代ギリシア・ローマの時代の異教の女神による祝福を受けた至上の幸福を享受する者のことを意味する名前であったと考えられることになるのです。
錬金術師という職業とファウストというの名の関係
一方、ファウスト伝説が帰せられている人物の職業とされる錬金術師とは、
元素転換による金の錬成や不老不死の秘術の研究、ホムンクルス(人造人間)の生成といった呪術的な科学技術と学問の探究を行うことを生業としていた人々のことを指す総称であり、
こうした錬金術師たちが、当時のカトリック教会から異端者として摘発され、異端審問による弾圧の対象となることも多かったことからも分かるように、
彼らは、当時のヨーロッパ社会を支配していたキリスト教のカトリックの教義に背いてでもそうした異教的で呪術的な学問探究を推し進め、その探究によって得られた秘術的な知識を利用して、現世利益や幸福を追求する傾向が強かったと考えられることになります。
そのため、異教の女神による祝福による幸運と幸福の意味を持つファウストという名前は、
こうしたキリスト教のカトリック的な善悪の倫理観を離れて、呪術的な学問探究と現世利益を追求した人々であった錬金術師や魔術師、占星術師たちなどから比較的好まれる傾向が強い名前であったとも考えられることになります。
したがって、
15世紀~16世紀頃の同時代のヨーロッパ各地において、ファウストという名を持つ錬金術師や魔術師たちは数多く存在したと考えられることになるのですが、
そうしたファウストを名乗る複数の錬金術師や魔術師たちの業績や逸話が織り交ぜられることによって、ドイツにおけるファウスト伝説が形づくられていったと考えられることになるのです。
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以上のように、
ゲーテの『ファウスト』やドイツのファウスト伝説におけるファウストという名前の由来は、
ラテン語で「幸運」と「幸福」を意味する形容詞であるファウストゥスや、ローマ神話における幸運と豊穣の女神ファウスティタスに由来する言葉であると考えられることになります。
そして、
こうしたファウストという言葉が持つ語源的なイメージと、錬金術師という職業が持つ異教的で呪術的なイメージが結びつくことによって、
近世のヨーロッパにおいて、ファウストという名を持つ錬金術師や魔術師たちは複数人実在していたと考えられることになるのですが、
そうしたファウストという名を持つ錬金術師や魔術師たちの中でも、ドイツにおけるファウスト伝説の直接的な由来となった言わば元祖ファウストとでも呼ぶべき人物としては、
ヨハネス・ファウストとゲオルク・ファウストという二人の人物の名が挙げられることになるのです。
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次回記事:ドイツのファウスト伝説の由来となった三人の歴史上の人物とは?ヨハン・ゲオルク・ファウストとマルティン・ルターの確執
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