ゲーテ『ファウスト』におけるロゴスの翻訳の場面の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、ゲーテ『ファウスト』の和訳と解釈①
「『ファウスト』におけるロゴスの四つの意味」の記事で書いたように、
18世紀後半~19世紀前半のドイツの詩人にして思想家であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)の代表作『ファウスト』においては、
その冒頭部に近い「書斎」と題される章の中で、高名な錬金術師であり、神学や占星術にも通じた有能な思想家でもあるファウスト博士が、
新約聖書の「ヨハネによる福音書」の冒頭部分の古代ギリシア語の原典に記されている「はじめにロゴスがあった」という言葉に対して、最もふさわしいドイツ語の訳を与えるために、
ロゴスというギリシア語を、「言葉」、「意思」、「力」、「業」という四つの異なる言葉へと順々に訳し直していくという印象的な場面が出てきます。
そこで、今回の記事では、
はじめにゲーテの『ファウスト』の該当箇所からドイツ語原文の全体を引用したうえで、
次に、元のドイツ語文とカタカナ表記にしたドイツ語の発音とアクセント、そして和訳を併記していく形で、一行ずつ対訳形式で訳していき、
最後に、該当箇所の全文和訳を改めてまとめて示していくという形で、ゲーテ『ファウスト』におけるロゴスの翻訳の場面の具体的な内容を書きとめておきたいと思います。
ゲーテ『ファウスト』におけるロゴスの翻訳の場面のドイツ語原文
ゲーテ『ファウスト』の「書斎」のシーンにおいて、ファウスト博士が新約聖書に記された古代ギリシア語の「ロゴス」という言葉の翻訳を試みていく場面は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。
Mich drängt’s den Grundtext aufzuschlagen,
Mit redlichem Gefühl einmal
Das heilige Original
In mein geliebtes Deutsch zu übertragen.
(Er schlägt ein Volum auf und schickt sich an.)
Geschrieben steht: »im Anfang war das Wort! «
Hier stock ich schon! Wer hillft mir weiter fort?
Ich kann das Wort so hoch unmöglich schätzen,
Ich muss es anders übersetzen,
Wenn ich vom Geiste recht erleuchtet bin.
Geschrieben steht: im Anfang war der Sinn.
Bedenke wohl die erste Zeile,
Dass deine Feder sich nicht übereile!
Ist es der Sinn, der alles wirkt und schafft?
Es sollte stehn: im Anfang war die Kraft!
Doch, auch indem ich dieses niederschreibe,
Schon warnt mich was, dass ich dabei nicht bleibe.
Mir hilft der Geist! Auf einmal seh ich Rat
Und schreibe getrost: im Anfang war die Tat!
ロゴスの翻訳の場面のドイツ語文と日本語文の対訳とドイツ語の発音
そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語と日本語の対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。
※ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示し、簡単な文法上の注釈については、日本語の訳文を書いた後に※の形で付記しています。
また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、ドイツ語文中の重要単語をところどころ太字で記したうえで、それに対応する日本語文の訳文の部分も太字にして示しています。
例えば、ドイツ語文の最初の行における”den Grundtext“という部分は、日本語の訳文の「あの原典を」という部分に、三行目の”Das heilige Original“という部分は、訳文の「この神聖なる原文を」という部分にそれぞれ対応することになります。
・・・
Mich drängt’s den Grundtext aufzuschlagen,
(ミヒ・ドレンクツ・デン・グルントゥテクストゥ・アオフツーシュラーゲン)
あの原典をひもといてみずにはいられない。
※[4格]+drängn+zu不定詞:~に~するようせき立てる
※’sは三人称単数中性の人称代名詞esの省略形
Mit redlichem Gefühl einmal
(ミットゥ・レートリヒェム・ゲフュール・アインマル)
誠実な気持ちでひとつ、
Das heilige Original
(ダス・ハイリゲ・オリギナール)
この神聖なる原文を
In mein geliebtes Deutsch zu übertragen.
(イン・マイン・ゲリープテス・ドイチュ・ツー・ユーバートラーゲン)
私の心に響く好ましいドイツ語へと訳してみることにしよう。
(Er schlägt ein Volum auf und schickt sich an.)
(エア・シュレークトゥ・アイン・ヴォルム・アオフ・ウントゥ・ズィヒ・アン)
(ファウストは一巻の書物を開いて、翻訳にとりかかろうとする)
※aufschlagen:(本などを)開く
※anschicken:~に着手する、とりかかる
Geschrieben steht: »im Anfang war das Wort! «
(ゲシュリーベン・シュテートゥ・イム・アンファング・ヴァル・ダス・ヴォルトゥ)
このように書かれている。「はじめに言葉があった」
Hier stock ich schon! Wer hillft mir weiter fort?
(ヒア・シュトック・イッヒ・ショーン・ヴェア・ヒルフトゥ・ミア・ヴァイター・フォルトゥ)
私は早くもここで立ち止まる。誰か私がさらに先へと進めるように助けてはくれまいか?
Ich kann das Wort so hoch unmöglich schätzen,
(イッヒ・カン・ダス・ヴォルトゥ・ゾー・ホーホ・ウンメークリヒ・シェッツェン)
私は「言葉」というものをそこまで高く評価することはできない。
Ich muss es anders übersetzen,
(イッヒ・ムス・エス・アンダース・ユーバーゼッツェン)
私はきっとこの文を異なった形で訳すに違いない。
Wenn ich vom Geiste recht erleuchtet bin.
(ヴェン・イッヒ・フォム・ガイステ・レヒトゥ・エアロイヒテットゥ・ビン)
もし私が精霊の光によって正しく導かれるとするならば。
Geschrieben steht: im Anfang war der Sinn.
(ゲシュリーベン・シュテートゥ・イム・アンファング・ヴァル・デア・ズィン)
書かれたことはこのようにある。「はじめに意思があった」
Bedenke wohl die erste Zeile,
(ベデンケ・ヴォール・ディー・エアステ・ツァイレ)
このはじめの行についてもっと念入りに考えるのだ!
Dass deine Feder sich nicht übereile!
(ダス・ダイネ・フェーダー・ズィヒ・ニヒトゥ・ユーバーアイレン)
おまえのペン先が急いで書き滑ることがないように。
Ist es der Sinn, der alles wirkt und schafft?
(イストゥ・エス・デア・ズィン・デア・アレス・ヴィルクトゥ・ウントゥ・シャフトゥ)
あらゆるものの内で働きそれを創り上げるのは、果たして「意思」であるのだろうか?
Es sollte stehn: im Anfang war die Kraft!
(エス・ゾルテ・シュテーン・イム・アンファング・ヴァル・ディー・クラフトゥ)
それはこう書かれるべきだ。「はじめに力があった」
※sollteは助動詞sollenの過去形の形で、「~であるべきなのだが」「~ならよいのだが」といった反実仮想を意味する接続法第二式として使われている。
Doch, auch indem ich dieses niederschreibe,
(ドホ・アオホ・インデーム・イッヒ・ディーゼス・ニーダーシュライベン)
ところが、こうして私がそのことを書きとめていると、
Schon warnt mich was, dass ich dabei nicht bleibe.
(ショーン・ヴァルントゥ・ミッヒ・ヴァス・ダス・イッヒ・ダーバイ・ニヒトゥ・ブライベン)
早くも私がここにとどまり続けることがないよう警告する声が聞こえてくる。
Mir hilft der Geist! Auf einmal seh ich Rat
(ミア・ヒルフトゥ・デア・ガイストゥ・アオフ・アインマル・ゼー・イッヒ・ラートゥ)
精霊の助けだ!突如として私は道を見いだす。
※auf einmal:突然に、急に
Und schreibe getrost: im Anfang war die Tat!
(ウントゥ・シュライベ・ゲトローストゥ・イム・アンファング・ヴァル・ディー・タートゥ)
そして確信をもってこう書く。「はじめに業(わざ)があった」
ゲーテ『ファウスト』におけるロゴスの翻訳の場面の全文和訳
そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。
・・・
あの原典をひもといてみずにはいられない。
誠実な気持ちでひとつ、
この神聖なる原文を
私の心に響く好ましいドイツ語へと訳してみることにしよう。
(ファウストは一巻の書物を開いて、翻訳にとりかかろうとする)
このように書かれている。「はじめに言葉があった」
私は早くもここで立ち止まる。誰か私がさらに先へと進めるように助けてはくれまいか?私は「言葉」というものをそこまで高く評価することはできない。
私はきっとこの文を異なった形で訳すに違いない。
もし私が精霊の光によって正しく導かれるとするならば。
書かれたことはこのようにある。「はじめに意思があった」
このはじめの行についてもっと念入りに考えるのだ!
おまえのペン先が急いで書き滑ることがないように。
あらゆるものの内で働きそれを創り上げるのは、果たして「意思」であるのだろうか?
それはこう書かれるべきだ。「はじめに力があった」
ところが、こうして私がそのことを書きとめていると、
早くも私がここにとどまり続けることがないよう警告する声が聞こえてくる。
精霊の助けだ!突如として私は道を見いだす。
そして確信をもってこう書く。「はじめに業(わざ)があった」
・・・
次回記事:ゲーテ『ファウスト』におけるメフィストフェレス登場の場面の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳②
「ドイツ語」のカテゴリーへ