地上の世界と天上の世界におけるファウストの魂の二重の行方、メフィストフェレスが魂を奪えなかった三つの合理的な説明③
前々回の記事と前回の記事書いたように、ゲーテの『ファウスト』の終幕の場面において、悪魔メフィストフェレスが契約通りにファウストの魂を奪うことができなかった理由を合理的に説明する解釈としては、
終幕の場面においては、ファウストとメフィストフェレスとの間に結ばれた契約が執行されるための条件はまだ十分には満たされていなかったとする解釈と、
メフィストフェレスには、人間であるファウストとの間の契約以前に、神に対する越権行為があったことから、ファウストとの間に結ばれた契約は前提自体が不成立であったとする解釈という二通りの解釈が考えられます。
そして、
上記の二つの解釈では、両方とも、メフィストフェレスとファウストとの間で結ばれた契約自体が無効となってしまうという観点から、メフィストがファウストの魂を奪うことができなかった理由が説明づけられることになるのですが、
こうした考え方をさらに推し進めていくと、契約自体は有効なものとしてしっかり成立していて、ファウストの魂がメフィストへと引き渡されるという契約がその文言の通りに実際に実行されていたと考えた場合でも、
ファウストの魂が最終的に悪魔メフィストフェレスのものとならなかったことを合理的に説明する第三の解釈が可能となると考えられることになります。
地上の世界と天上の世界におけるファウストの魂の二重の行方
ファウストと悪魔メフィストフェレスとの間に結ばれたファウストの死後に彼の魂がメフィストフェレスのものとなるという契約がその言葉通りに実際に執行されていた場合、
物語の終末の場面において、ファウストが時に向かって「とどまれ、お前はいかにも美しい」と呼びかけた瞬間、かねてから堅く結ばれていた契約の文言に従って、彼の魂はメフィストフェレスのもとへと引き渡され、
その瞬間、確かに、ファウストの魂はメフィストフェレスの所有物へと帰したと考えられることになります。
しかし、
前回書いた第二の解釈で述べたように、メフィストフェレスが神から与えられていた権限は、
「あの者(ファウスト)が地に生き続ける限り、おまえの行いが禁じられることはない」という地上の世界の内に限定された権限であったので、
こうした神との間の取り決め通り、メフィストフェレスがファウストの魂を自分の所有物として自由に扱うことができるのは、あくまで、地上の世界の内にある人間としてのファウストの魂についてだけということになります。
そして、
ファウストは、地上の世界において肉体を持った人間としての死を迎えると、その魂は今まで自分がいた肉体を持って生きる地上の世界を離れて、自分がもともといた天上の世界へと還っていくことになるので、
この段階において、彼の魂はもはや地上の世界に帰属するものではなくなり、結果として、メフィストフェレスの手の内からも逃れることになってしまったと考えられることになるのです。
つまり、こうした第三の解釈に従うと、
悪魔メフィストフェレスは、かねてからの契約の言葉通りに、確かにいったんは、ファウストの魂を自らの手の内に捕らえることに成功することにはなるのですが、
彼がファウストの魂を自らの手中に収めることができたのは、まさに、ファウストが地に生きる人間としての肉体の死を迎えたその瞬間だけであったと考えられることになります。
そして、
ひとたびその瞬間が過ぎ去ると、もはや天上の世界の存在となったファウストの魂は、メフィストフェレスの力が及ぶ地上の世界からは幻のように消え去ってしまうことになり、
その後には、天上の世界へと引き上げられ、神のもとにある他のすべての善き魂たちと共に、そこで永遠の安らぎと救済を享受する一つの純粋なる魂だけが残ったと考えられることになるのです。
メフィストフェレスがファウストの魂を奪えなかった三つの合理的な説明
以上のように、
ゲーテの『ファウスト』の終幕の場面において、ファウストの魂がかねてからの契約通りに悪魔メフィストフェレスのものにはならなかった理由については、
終幕の場面においてファウストは、未来に訪れることになる最高の瞬間を予期して、そこに向かって「とどまれ、お前はいかにも美しい」と呼びかけたのであって、実際にその瞬間を現実のものとして味わったわけではないので、契約は発効の条件を満たしておらず無効となるとする第一の解釈、
次に、
『ファウスト』の序章において語られる神と悪魔メフィストフェレスとの間の取り決めによって、メフィストフェレスの権限は地上の世界の内のみに限定されていたことから、本来天上の世界に属するファウストの魂に手を出すことは、人間であるファウストとの契約以前に、神に対する越権行為となり、その後で結ばれたファウストとの間の契約は、前提自体が不成立の無効な契約となるとする第二の解釈、
そして最後に、今回取り上げた
契約自体は有効であっても、ファウストの死に際してメフィストフェレスが契約の言葉通りに地上の世界におけるファウストの魂の所有権を得た瞬間、その魂自体は天上の世界に属する存在へと移行してしまい、事実上、一瞬のうちにメフィストフェレスの手の内からは消え去ってしまうことになるという第三の解釈
という全部で三通りの説明が考えられることになります。
そして、上記のいずれの場合においても、
ファウストの魂がメフィストフェレスの魔の手から逃れて、天上の世界へと救い上げられることになったのは、神の気まぐれや、契約内容を無視した不合理な話の展開などではなく、
こうしたことのすべての顛末は、十分に合理的な説明がつく話の展開であったと考えられることになるのです。
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初回記事:メフィストがファウストの魂を奪えなかった三つの合理的な説明とは?①契約の条件が十分に満たされていなかったとする解釈
前回記事:悪魔の神に対する越権行為に基づくファウストとの間の契約の不成立、メフィストが魂を奪えなかった三つの合理的な説明②
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