メリッソスの哲学の概要

メリッソスMelissos of Samos、サモスのメリッソス、前470年頃~没年不詳)
は、紀元前5世紀後半古代ギリシアの哲学者で、

小アジア(現在のトルコ)南西部のエーゲ海に浮かぶ島
サモス島Samos)の出身です。

彼は、

知性nousヌース)によって、
存在そのものを論理的に探究することを目指した

パルメニデスの弟子であり、

同じくパルメニデスの弟子で、ゼノンのパラドックスなどで有名な、
エレアのゼノンより20年ほど後の時代を生きた人でもあります。

彼は、師であるパルメニデスの哲学思想の根本にある
あるもの」(to eonト・エオン存在そのもの)についての探究を
さらに進めていき、

そこに独自の視点を加味しながら、
議論を整備していくことによって、

パルメニデスの存在の哲学を、
より論理的整合性の高い緻密な哲学体系へと創り上げていきました。

メリッソスの出身地であるサモス島は、

哲学者であり宗教家、数学者でもあった
ピタゴラスの出身地としても有名ですが、

そもそも、

自然現象や物質的存在といった
目に見える事物ではなく、

その背後にある存在といった論理形式自体に焦点を当て、
それを知性・bによって探究することを目指した

理性主義rationalism、合理主義)の哲学の系譜は、
ピタゴラスからはじまるとも考えられるので、

メリッソスは、その出身地であるサモス島において、
ピタゴラスの理性主義が培われた土壌にも触れながら成長し、

のちに、パルメニデスの存在の哲学に感化されることによって、
高度な論理性と知性主義に根差した哲学的探究を志すに至ったと
考えることもできるかもしれません。

つまり、

サモスに生まれ、パルメニデスの思想を受け継いだ
メリッソスにおいてこそ、

ピタゴラスの理性主義パルメニデスの存在の哲学

両者が合わさった哲学が展開されたと見ることができるかもしれない
ということです。

いずれにせよ、メリッソスは、

哲学的真理へと至るためには、

知覚や感覚によってもたらされる
ドクサdoxa、思いなし、感覚知)に惑わされずに、

知性論理によって
存在そのものを探究することが必要であると考えた
パルメニデスの思想に深く心腹し、

一生をかけて、

真に存在するものとは何か?

という問いを探究し続けた哲学者であると言えるでしょう。

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メリッソスの哲学の概要

パルメニデスにおけるあるもの」(ト・エオンの本性規定では、

あるもの」(to eonト・エオン)すなわち、
真に存在するもの存在そのものとは、

不生不滅不変性不動性、均一性、無尽蔵、連続不可分性、
完全性、無時間性、自己同一性

といった本性規定を持っていることが明らかにされましたが、

メリッソスは、このようなパルメニデスによる「あるもの」の規定を
基本的には受け継ぎつつ、

それを、より緻密な論証の形にまとめ上げることによって、
議論を整備していくなかで、

独自の視点から、「あるもの」についての
重要な洞察を加えていき、

「あるもの」すなわち、真に存在するものについての概念を、
ある意味では、大きく変容させていくことにもなります。

メリッソスによって書き加えられ、変容された「あるもの」(ト・エオン)の
具体的な規定内容としては、

「あるもの」における空間的無限性時間的永遠性

「あるもの」の充実性論証における空虚の概念

「あるもの」の非物体性、そして、数的一性

などが挙げられます。

メリッソスにおける「あるもの」の充実性論証で導出される
運動の前提となる空虚kenonケノン)の概念は、

レウキッポスやデモクリトスの原子論atomismアトミズム)へと
受け継がれていきますし、

「あるもの」すなわち、真に存在するもの
非物体的存在であるという論理的帰結は、

論理的な哲学体系としての唯心論spiritualism)や、
万有内在神論(panentheism、パンエンセイズム)の
一つの原型となっているとも考えられますが、

中でも、哲学史への影響が最も大きかったメリッソスの洞察は、

「あるもの」(ト・エオン)の数的一性という
存在の数的一元論へと直結する考え方にあったと考えられます。

メリッソスにおいて、「あるもの」、存在そのもの、真に存在するものにおける
数的一性強調されたことによって、

以降の哲学者たちは、結果として、
存在の数的一元論として整備されたメリッソスの哲学体系に基づいて、
パルメニデスの哲学を解釈していくことになり、

こうした存在の一元論の思想が、

プラトンのイデア論や、プロティノスの「一者」の思想、
さらには、スピノザの万有内在神論や、フィヒテの絶対的自我の思想へと
つながっていくことになるのです。

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ちなみに、後世において、
かの哲学の大家であるアリストテレスによって、

メリッソスは、パルメニデスの深遠なる哲学を
理解の浅い平易な思想へと貶めた凡庸なる哲学者の烙印
を押されてしまったこともあり、

メリッソスは、哲学史においても、
いまいち人気の出ない哲学者ではあるのですが、

上記のメリッソスの着想のすべてが、果たしてアリストテレスが言うように
「凡庸」な着想であると言えるのか?という問題は置いておくとしても、

そもそも、

思想を平易な言葉で語り直していくという姿勢自体が、
哲学における重要な探究の態度であると捉えることもできるように思います。

なぜならば、

哲学思想がどこまで行っても難解で謎めいた表現のままで、

その思想を、世間に広く理解してもらうことが可能な
平易でわかりやすい言葉で語り直すことができないとするならば、

哲学は、哲学者のための哲学に終始して、
その狭い学問分野の外では、何の意味も持たない
無用の長物と化してしまうからです。

さらに言うならば、

そもそも、哲学思想を
一般的な平易な概念によって言い換えることができないとするならば、

その思想を語っている当人自身も、
自分が語っている思想の中身を本当に理解しているかどうかすら
怪しいということになり、

哲学は難解な議論と屁理屈によって人々をけむに巻くだけで、
およそ真理の探究からは程遠い、単なる言葉遊びに終始してしまう
ことにすらなりかねないとも考えられます。

いずれにせよ、

パルメニデスの深遠ではあるが、
難解で漠然とした詩的な表現によって語られていた
存在の哲学は、

メリッソスの平明でわかりやすい論理的表現を心がけた
哲学探究によって捉え直され、新たに、
論理的整合性の高い緻密な哲学体系へと創り上げられていったことによって、

その思想が存在の一元論として、その後の哲学者たちに広く受け入れられ、
後世まで広く強い影響を及ぼすに至ったという点において、

こうしたメリッソスの哲学探究は十分有意義であり、
哲学史においても大きな功績を残していると考えられるのです。

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