ソクラテスとアルキビアデスとアニュトスの三角関係とソクラテス裁判:プラトンの『饗宴』におけるアルキビアデスの愛の告白

前回書いたように、アテナイにおける三十人政権と呼ばれる寡頭政が打倒されてから2年後に行われることになったソクラテス裁判では、

三十人政権のもとで行われた暴政の首謀者となったクリティアスカルミデスといった人物がアテナイの市民たちからはソクラテスの弟子と見なされていたことから、

民主派の市民たちの報復の矛先がそうした三十人政権の中心人物たちの師と目されていたソクラテスへと向けられることによって不敬神の罪を口実とした不当な死刑判決へとつながっていくことになったとも考えられることになります。

そして、さらにもう少し時代をさかのぼっていくと、そもそもソクラテスは、そうした三十人政権と呼ばれる寡頭政の政治体制がスパルタの支配のもとで築かれていくことになったペロポネソス戦争におけるアテナイの敗戦の原因をつくることになったアルキビアデスとも深い関係があったと考えられることになります。

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アテナイを亡国へと導いたアルキビアデスのソクラテスへの心酔

詳しくはアルキビアデスの四度の変心と祖国アテナイの亡国への道」(リ)で書いたように、過激な発言によって民衆の支持を集めていくことでアテナイの指導者の地位にまで昇りつめたアルキビアデスは、

その後、自らの煽動によって強行することになったシケリア遠征の際に、アテナイ本国において自分に対して神を冒涜する瀆神罪の嫌疑がかけられていることを知ると、裁判によって自分の身が危うくなることを恐れて、早々にアテナイの遠征軍のもとを離れて敵国であるスパルタへと逃亡してしまうことになります。

そしてその後、アルキビアデスは逃亡先であるスパルタの人々の歓心を買うために祖国であるアテナイを窮地へと追い込む様々な献策を行っていくことによって、ペロポネソス戦争におけるアテナイの敗北を導いていく元凶となっていくことになるのですが、

こうしたアテナイを亡国へと導く裏切り者となったアルキビアデスは、優れた弁舌の才能と、アテナイ随一とも讃えられるたぐいまれなる美貌と美しい肉体によって人々を魅了していた若い頃から、

哲学者そして弁舌家としてのソクラテスに心酔することによって、彼の取り巻きである弟子たちの一人としてアテナイの人々から目されていくことになります。

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プラトンの『饗宴』におけるアルキビアデスの愛の告白

そして、こうした若き日のアルキビアデスのソクラテスに対する深い心酔、というよりは、むしろ恋愛感情にも近いような熱烈な愛情については、

ソクラテスの弟子にしてアリストテレスの師にあたるアテナイの哲学者であるプラトンの『饗宴』においてアルキビアデス自身が語ったとされている以下のような言葉において詳しく語られています。

「ソクラテス、もうおやすみでしょうか?」

「いいや」彼は答えた。

僕の胸の内に浮かんでいることを、あなたはご存じですか?

「はて、何だろうね?」彼は言った。そこで僕は語った。

僕には、あなたこそ、僕を愛する資格のある、ただ一人の人物だと思われるのです。しかもあなたは、僕の目の前にいながら、そのことに触れるのをためらっているように思われるのです。

しかし、この僕の気持ちは、実はこうなのです。つまり、愛の点ではもちろん、そのほかの僕の財産や僕の友人の財産をあなたが必要とされる場合でも、僕はあなたの意に添わないでいるのは、ほんとうに愚かなことだと思っているのですよ。」

(プラトン『饗宴』森進一訳、新潮文庫、147ページ参照。)

つまり、上記の引用箇所において、アルキビアデスは、自分の愛はもちろん、財産や友人といった自分が持っているすべてのものを投げ打ってでも、ソクラテスに自分の方を振り向いて自分のことを愛して欲しいという熱烈な愛の告白を行っていると考えられることになるのですが、

こうしたアルキビアデスからの誘惑とも言えるような熱烈な告白に対して、ソクラテスは以下のように答えていくことになります。

「君の企ては、ただ美しく思われるだけのものを代償として、真に美しいものを手に入れようというわけだね。これではまったく君の考えていることは、青銅をもって黄金と交換するに等しいというものだ。

しかし、君、もう少しよくものを見てごらん。わたしがほんとうは取るに足らない者なのに、そのことに君が気づいていないという恐れも多分にある。なぜならば、精神の目の光は肉体の目がその盛りの時を過ぎはじめた頃に鋭く光りだすのだが、君はそうした時機にいまだ達してはいないのだから。」

(プラトン『饗宴』森進一訳、新潮文庫、148~149ページ参照。)

ここでソクラテスは、アルキビアデスが自分の肉体の美しさによって相手を魅了して特別な関係を結ぶことで、ソクラテスから真の意味において美しいもの、すなわち、普遍的な真善美へと通じる哲学的な真理を特別に教えてもらおうとする企みを見抜いたうえで、

それを「青銅をもって黄金と交換」しようとするような浅ましい行為としてたしなめたうえで、さらに、そうした真の意味において美しいもの、真の意味において善いこととは何であるのかを見抜く精神の目の光を養うには、アルキビアデスはまだ若すぎると語ることによって、

ソクラテスはこうしたアルキビアデスからの誘惑ともいえる熱烈な愛の申し出を優しく断っていると考えられることになるのです。

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ソクラテスとアルキビアデスとアニュトスの三角関係の愛憎のもつれ

また、こうした若き日のアルキビアデスに対しては、ソクラテスがその美しい肉体と美貌によって彼になびくことはなかったものの、数多くのアテナイの有力者たちが彼に対して強い愛情を抱いていくことになり、

そうした若き日のアルキビアデスに対して恋愛にも近い強い愛情を抱いていた人物の中には、ソクラテス裁判において彼を死刑へと導く告発者となった詩人メレトスの後ろ盾となった民主派の政治家であったアニュトスの名も挙げられることになります。

そして、アニュトスがアルキビアデスに対して言い寄るために彼のために盛大な宴会を開いた際に、アルキビアデスは宴会の席にはつかないまま、部屋の外から金銀の食器に盛り付けられた豪華なご馳走の半分を取って来るように奴隷に命じてそのまま不作法にもアニュトスのもとを去ってしまうことになるのですが、

アルキビアデスの美しさに魅了されて彼にぞっこんになっていたアニュトスは、こうしてアルキビアデスに冷たく袖にされた後になっても彼のことを悪く言うことはなく、むしろ、「彼は礼儀を心得ている。なぜなら彼は自分のために用意された料理を全部持ち去ってもよかったのに半分も残しておいてくれたではないか」と語ってアルキビアデスのことを褒め称えたという話も伝えられています。

そしてそういった意味では、アニュトスは、自分がいくら財産を継ぎ込んで尽くしても、決して自分のもとへはなびいてくれなかったアルキビアデスのことを、目に見えるものを何も捧げることもなく、言葉と思想だけによって魅了したうえで彼のことを振ってしまったソクラテスに対して深い嫉妬の念を抱き続けていたとも考えられるのですが、

つまり、そうしたソクラテスアルキビアデスアニュトスという三人の人物をめぐる三角関係の恋愛感情のもつれも一因となることによって、ペロポネソス戦争における敗戦と三十人政権の崩壊後のアテナイにおいてソクラテス裁判が開かれることになったとも考えられることになるのです。

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