クレタの迷宮のミノタウロスにアテナイから生贄が捧げられることになった経緯、ギリシア神話の英雄テーセウスの物語②

前回書いたように、ギリシア神話に登場するアテナイの英雄であるテーセウスは、デルポイの謎めいた神託の言葉にしたがって、

アテナイの王であるアイゲウスと、海の神であるポセイドンという二人の父親を持つ英雄としてトロイゼーン王女であったアイトラーのもとに生まれることになります。

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母親の故郷であったトロイゼーンで幼少時代を過ごすテーセウス

そして、

こうしてアイトラーがのちにテーセウスと呼ばれることになる子供を身ごもった際に、アテナイの王であったアイゲウスは、彼女に対して、

彼女がもしも男の子を生んだならば、その子に誰が自分の父親かは告げずに育てるように命じたうえで、

大岩の下に自分の持ち物であった剣とサンダルを埋めて、もしも、彼女が生むことになる男の子が成長して、この大岩を転がしてこれらの持ち物を手に入れることができるだけの力を手にすることができたとするならば、

その時には、これらの持ち物と共に、その子を自分がいるアテナイの地へと送り出すようにと言い残して、彼女のもとを去って行くことになります。

というのは、その当時、

アイゲウスが統治していたアテナイの地では、彼とその他の三人の兄弟たちとの間で、アテナイの支配権をめぐる跡目争いが起きる兆しがあり、生まれたばかりの子供を連れて帰ってしまうと命が狙われる危険があったため、

生まれていくことになる自分の子供のためにも、その子が自分の住むアテナイの地ではなく、母親の故郷であるトロイゼーンにいた方が安全だったと考えられたからであり、

アイゲウスは、その子が成人したのちに、大岩を押しのけるほどの力を持つようになり、自分一人でアテナイにまでたどり着くことができるようになったとするならば、

その時には、アテナイの地で起こる跡目争いに巻き込まれることになったとしても、そうした災厄から自分の身を守ることができるだろうと考えて、このような処置をとることにしたと考えられることになるのです。

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クレタの迷宮のミノタウロスへと捧げられたアテナイからの生贄

そして、

こうしてテーセウスが、自分の地上の世界における父親であるアテナイの王アイゲウスのもとから離れたペロポネソス半島の北東部に位置する海辺の町であったトロイゼーンにおいて母親と二人幼少時代を過ごしていくことになるなか、

彼の父親であったアイゲウスは、自らが治めるアテナイの地へと戻ったのち、この地でパンアテナイア祭と呼ばれる女神アテナを祀る祭典を祝うことになります。

そして、

こうしたパンアテナイアの祭典において開催された競技大会では、エーゲ海の南に位置するクレタ島を治めるミノス王の息子であったアンドロゲオスが優勝することになるのですが、

この時、

アイゲウス競技の勝者であるアンドロゲオスのことを讃えて、彼に、当時、アテナイの北東の位置するマラトンの地で暴れ回って人々を困らせていた凶暴な牡牛を退治するように求めたところ、

アンドロゲオスは、このマラトンの牡牛に返り討ちに遭って殺されてしまうことになります。

そして、

こうしたパンアテナイアの祭典における競技大会が発端となって招かれてしまうことになったミノス王の息子であったアンドロゲオスの死を一つのきっかけとして、アテナイクレタの両国の間では、次第に、不和が生じていくことになり、

やがて、クレタの王であったミノスは、艦隊を率いてアテナイの地へと赴いていくことによって、両国の間で戦端が開かれることになります。

そして、その後、

こうしたアテナイとクレタとの戦争では、戦況そのものは互角に進んでいくことになるのですが、

戦が長引いていくことに業を煮やしたクレタのミノス王が、自らの父でもあったゼウスに祈りを捧げると、アテナイの地疫病と飢饉が広がっていくことになり、

これ以上、戦争を続けていくことができなくなったアイゲウスは、クレタとの講和を迫られることになります。

そして、クレタと和平を結ぶための講和条件として、

アテナイの人々は、クレタの迷宮に閉じ込められている牛頭人身の怪物であるミノタウロスへの生贄として、

毎年、武器を持たない七人の少年七人の少女を船に乗せてクレタ島へと送ることを強要され続けていくことになるのです。

・・・

次回記事:怪力を持つ英雄に成長したテーセウスが選ぶ海と陸の二つの道とアテナイへの一人旅、ギリシア神話の英雄テーセウスの物語③

前回記事:英雄テーセウスの誕生と海の神ポセイドンとアテナイの王という二人の父親の存在、ギリシア神話の英雄テーセウスの物語①

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