実践理性が理論理性に優越する理由とは?二つの理性の働きの根本にある関心や意志といった実践的な心の働き
前回の記事で書いたように、カントの『実践理性批判』における一連の議論のなかでは、
神の存在や魂の不死といった形而上学的な存在についての議論は、理論理性に基づく論理的な証明によってではなく、実践理性に基づく道徳的な要請によってその存在の必然性が解き明かされていくべき問題として位置づけられたうえで、
学問分野や人間の心の知性的な働きにおける理論理性と実践理性の領域の区分がなされていくことになるのですが、
カントの批判哲学においては、こうした二つの理性の働き同士が互いに競合する場合の両者の上下関係や優越関係のあり方についても言及がなされていくことになります。
カントの批判哲学における実践理性の理論理性に対する優越性
冒頭でも述べたように、
実践理性がその探求における知性的な働きを担う実践哲学の分野においては、
神の存在や魂の不死といった形而上学的な問題についてはもちろん、実践哲学の存立の根拠となっている道徳法則や善意志の存在といった道徳的な問題についても、
その実在性や正当性について論理的に証明することは不可能であるとみなされていくことになります。
そして、
カントの批判哲学においては、
そうした実践哲学における根本原理のあり方の理論理性に基づく証明の不可能性についての議論からは、
実践理性における知性的な働きの制限や限界といったことについてではなく、むしろそれとは反対に、実践理性の理論理性に対する優越性の議論が展開されていくことになるのです。
二つの理性の働きの根本にある関心や意志といった実践的な心の働き
そもそも、
カントの批判哲学においては、
理論と認識を司る理論理性の分野においては、「私は何を知ることができるのか?」という問いによって示されるような一連のテーマが関心の対象として位置づけられるのに対して、
実践と道徳を司る実践理性の分野においては、「私は何をなすべきなのか?」という問いによって示されるような一連のテーマが関心の対象として位置づけられていくことになるのですが、
このように、
人間の心における理性の働きにおいては、
理論理性と実践理性のどちらの場合においても、その知性的な働きの主観的な根拠として関心や意志と呼ばれるような心の働きが存在すると捉えられていくことになります。
そして、
そうした両者の理性の働きの根源にある関心や意志といった心の働きは、それが自らの内的な原理に基づいて対象に対して自律的に働きかけていくという意味において、実践的な心の働きとして位置づけられていくことになるのですが、
そういった意味では、
こうした理論理性と実践理性と呼ばれる二つの理性の働きのあり方は、根源的な意味においては、
両方とも、実践理性の働きを前提することによってはじめて成り立つ心の働きのあり方として捉えていくことができると考えられることになるのです。
理論理性の基盤としての実践理性における実践的・道徳的探求
以上のように、
カントの批判哲学においては、
人間の心における知性的な心の働きのあり方は、
理論と認識を司る知性の働きである理論理性と、実践と道徳を司る知性の働きである実践理性という二つの理性の働きのあり方へと区別されて捉えられていったうえで、
両者の理性の働きのあり方の根本には、関心や意志といった実践的な心の働きのあり方が存在するということが明らかにされていくことになると考えられることになります。
つまり、
神の存在や魂の不死あるいは道徳法則や善意志の存在といった実践哲学の基礎をなす根源的な概念について、理論理性に基づく論理的な証明を行うことができないということは、
決して、そうした実践理性における探求の対象となる諸概念が理論理性における論理的証明の対象となり得ないような不確かで劣った存在であるということを意味しているわけではなく、
それは、むしろ、
そうした実践理性における実践的・道徳的探求のあり方が、理論理性における理論的・認識論的探求のあり方の前提や基盤となるようなより重要で根源的な探求のあり方として位置づけられることになるということを示していると考えられることになり、
そういった意味では、
こうした理論理性と実践理性と呼ばれる二つの理性の働きの関係性のあり方においては、
根源的な意味においては、前者の理論理性の働きが後者の実践理性の働きによって基礎づけられているという意味において、
実践理性の理論理性に対する優越性が示されていると考えられることになるのです。
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次回記事:カントの批判哲学に基づく知と信の領域の包含関係と知識と認識の領域に対する信仰と道徳の領域の根源的な優越性
前回記事:信と知の領域の区分とカントの批判哲学における理論理性と実践理性の領域の区別
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