退行とは何か?心理学における病的退行と創造的退行との違いとは?防衛機制とは何か?④
前回書いたように、防衛機制と呼ばれる現実の社会において生じる様々なストレス状況に対処するための自我における様々な防御反応のあり方のなかでも、最も基本的な防衛機制のあり方としては、
そうした社会的なストレスによって自らの心の内に生じる不快な観念や感情を無意識の領域の内へと押し戻してふたをしてしまうことによって、直接的に意識の領域から排除してしまう「抑圧」と呼ばれる心の働きや、
そうしたストレス状況が生じている現実の状況についての認識自体を意識から排除してしまうことによって自らの心を守ろうとする「現状否認」と呼ばれる心の働きなどが挙げられることになるのですが、
こうした抑圧や現状否認と呼ばれる自我の防御反応が働く際には、それに呼応するような形で、
自分自身の認識や行動のレベルをいったんより未成熟な幼児的な発達段階へと戻すことによって、そうした現実のストレス状況に直面することを回避しようする「退行」と呼ばれる心の働きが現れることがあります。
そして、
こうした「退行」と呼ばれる防衛機制の働きには、心全体が幼児の段階へと戻ってしまうことによって社会生活に支障をきたすようになる病的な退行のあり方のほかに、むしろ、そうした社会生活への適用を促すような健全な退行のあり方である創造的退行と呼ばれる心の働きも存在すると考えられることになるのですが、
それでは、
こうした心理学における病的退行と創造的退行という二つの心の働きの間には、具体的にどのような意味の違いがあると考えられることになるのでしょうか?
心理学における「退行」の定義と病的退行の状態にある患者において生じる患者本人の人格の危機
まず、
精神分析学などの深層心理学において、自我の防衛機制のあり方の一つとして分類されている退行(Regression)と呼ばれる心の働きは、一言でいうと、
現状の自分にとって克服することが困難な状況に置かれた時に、いったん現在の自分より以前の発達段階へと戻って、幼児的な行動などの過去の行動様式に基づく行動をとることによって、そうした解決困難な状況に直面することを回避する心の働きとして定義することができると考えられることになります。
そして、
こうした退行と呼ばれる心の働きが、自我自身にとってもコントロールすることが困難な病的な状態にまで進行してしまうケースでは、
そうした病的退行の状態にある患者は、自分自身の精神構造全体が幼児の段階へ戻ってしまうことによって、言葉遣いや仕草までもが幼児そのものであるかのような行動や態度を示すことによって周りの人々を驚かせ、社会生活に大きな支障をきたしてしまうことになり、
このようなケースでは、そうした幼児的な心理状態から半永久的に戻って来られなくなってしまうことによって、自分自身の人格の独立性までも失ってしまうような危機的な状態へと陥ってしまうと考えられることになるのです。
社会適応的な退行のあり方として「創造的退行」と呼ばれる退行のあり方
しかし、その一方で、
こうした退行と呼ばれる心の働きは、必ずしも、こうした精神病や神経症、さらには、自分自身の人格の崩壊といった病的な事態へと通じるような病的な側面においてのみ捉えられることになるわけではなく、
自我自身の力によって適切な形で制御された健全な心の状態の範囲内で行われる退行のあり方は、病的退行に対して、
健康的退行、あるいは、創造的退行といった概念として捉えられる社会環境に対する適用的な退行のあり方として位置づけられることになります。
具体的に言うならば、例えば、
強い社会的ストレスや心理的ストレスにさらされた場合、人は時に、幼少時代の楽しい記憶がある場所や、昔よく行っていた心休まる思い出の場所などに訪れてみたくなったり、
なぜか、無性に子供の頃に読んでいたお気に入りだった本や漫画などを読み返してみたくなったりすることがありますが、
このように、自我にとって比較的強いショックを受けるような出来事や挫折などに見舞われた場合に、一度自分が幼少の時から慣れ親しんできた生活習慣に立ち戻ることなどによって態勢を立て直そうとする心の働きも、
こうした広い意味における退行と呼ばれる自我の防衛機制の働きの内に位置づけられることになると考えられることになります。
そして、
こうした現実の困難な状況に対処するために、いったん過去の慣れ親しんでいた状態にステップバックすることによって、心のエネルギーを十分に補充してリフレッシュしてから新たな心身の状態で現実状況へと対処していこうとする心のあり方は、
もはや、ストレスの強い現実の状況から目を背けてそこから逃げ出そうとするための単なる逃避行動としての退行ではなく、より現実の状況に適応した建設的な退行のあり方として位置づけられることになるので、
それは、一度態勢を立て直してから新たな形で現実の状況へと対処することへとつながる一時的で部分的な退行のあり方という意味で、創造的退行といった概念として捉えられることになると考えられることになるのです。
精神分析などにおける治療的退行と心理学における「退行」の三つの分類
また、
こうした健康的退行や創造的退行と呼ばれる社会生活への適用を促すような健全な退行のあり方が、催眠療法や自由連想法といった様々な心理学的手法を通じて、
本人の心理的なストレスを軽減するための精神分析における心理的治療の一環などとして行われる場合には、
それは、心理学的な治療のために行われる人為的に操作された一時的な退行状態であるという意味で、治療的退行と呼ばれることになると考えられることになるのですが、
以上のように、
心理学における「退行」と呼ばれる心の働きは、現実社会において生じる様々なストレスから自分自身の心を守ろうとする自我の防衛機制のあり方の一つとして位置づけられることになり、
そうした退行と呼ばれる心の働きには、
精神構造全体が幼児の段階へ戻ってしまうことによって社会生活に大きな支障をきたしてしまうことになる精神病や神経症へと通じる病的退行と呼ばれる退行のあり方のほかに、
精神分析などの心理学的な治療の一環として行われる催眠療法や自由連想法といった手法を通じて人為的に操作される形で一時的な退行状態がもたらされることになる治療的退行と呼ばれる退行のあり方、
そして、
心の状態をいったん過去の安定した状態へとステップバックさせて態勢を立て直してから新たな状況へと向き合おうとすることによって心の健全なバランスをとっていく社会適応的な退行のあり方として創造的退行(健康的退行)と呼ばれる退行のあり方が存在するというように、
こうした退行と呼ばれる心の働きは、病的退行と治療的退行と創造的退行という全部で三通りの退行のあり方へと分類されることになると考えられることになるのです。
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次回記事:反動形成とは何か?心理学における「反動形成」の定義と自我の防衛機制としての「逆転」との性質の違いとは?防衛機制とは何か?⑤
前回記事:心理学における「抑圧」の定義と「現状否認」や「隔離」と呼ばれる他の類似する防衛機制のあり方との関係とは?防衛機制とは何か?③
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