ファウストと悪魔メフィストフェレスの魂の契約の場面の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑥
前回までの記事では、「天上の序曲」と題される『ファウスト』の序章で描かれる天上の世界における神と悪魔メフィストフェレスとの対話や、
メフィストフェレスが地上へと降りてきたのち、はじめてファウストの前にその姿を表す場面における悪魔の名をめぐる問答などの場面を取り上げてきました。
そして、今回取り上げる『ファウスト』の箇所では、ある程度互いのことを知り合ったファウストとメフィストフェレスの二人が魂の契約を交わす場面が描かれていくことになるのですが、
そうしたファウストと悪魔メフィストフェレスの魂の契約の場面において語られる主人公ファウストの独白の中で、
「時よとどまれ、お前はいかにも美しい」という『ファウスト』の中で最も印象的とも言える台詞が現れることになるのです。
ファウストと悪魔メフィストフェレスの魂の契約の場面のドイツ語原文
ゲーテ『ファウスト』における「書斎」の章の後半においては、
主人公であるファウストが悪魔メフィストフェレスとの魂の契約を結ぶ場面における二人の問答の様子が描かれていくことになります。
現実主義者であるファウストは、自分が地上に生きている限り、メフィストフェレスを自らの僕とすることによって悪魔の力を自由に操るという絶大な権限を得る代わりに、
その引き換えとして、死んだ後には、自分の魂を悪魔メフィストフェレスのもとへと差し出し、生きていた時とは反対に彼の僕となるという条件を受け入れることになるのですが、
その場面におけるファウストと悪魔メフィストフェレスの間の問答とファウストによる独白の様子はドイツ語の原文では以下のように記されています。
Faust:
Werd ich beruhigt je mich auf ein Faulbett legen;
So sei es gleich um mich getan!
Kannst du mich schmeichelnd je belügen
Dass ich mir selbst gefallen mag,
Kannst du mich mit Genuss betrügen;
Das sei für mich der letzte Tag!
Die Wette biet ich!
Mephistopheles:
Topp!
Faust:
Und Schlag auf Schlag!
Werd ich zum Augenblicke sagen:
Verweile doch! du bist so schön!
Dann magst du mich in Fesseln schlagen,
Dann will ich gern zugrunde gehn!
Dann mag die Totenglocke schallen,
Dann bist du deines Dienstes frei,
Die Uhr mag stehn, der Zeiger fallen,
Es sei die Zeit für mich vorbei!
Mephistopheles:
Bedenk es wohl, wir werden’s nicht vergessen.
Faust:
Dazu hast du ein volles Recht,
Ich habe mich nicht freventlich vermessen.
Wie ich beharre, bin ich Knecht,
Ob dein, was frag ich, oder wessen.
メフィストフェレスとの魂の契約の場面のドイツ語文と日本語文の対訳
そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。
※ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、
日本語の訳文を書いた後の※印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。
また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。
・・・
Faust(ファウスト):
Werd ich beruhigt je mich auf ein Faulbett legen;
(ヴェアデ・イヒ・ベルーイヒトゥ・イェー・ミヒ・アオフ・アイン・ファオルベットゥ・レーゲン)
もし私が長椅子に寝そべって怠惰な日々を過ごすようになったとするならば、
※sich beruhigen: 静まる、安心する
※Faulbett :ソファー、長椅子
So sei es gleich um mich getan!
(ゾー・ザイ・エス・グライヒ・ウム・ミヒ・ゲターン)
その時は私ももうおしまいだ。
※es ist um+[4格] getan:~はもう終わりだ
Kannst du mich schmeichelnd je belügen
(カンストゥ・ドゥー・ミヒ・シュマイヒェルントゥ・イェー・ベリューゲン)
もしおまえが甘い言葉を囁いて騙し、
Dass ich mir selbst gefallen mag,
(ダス・イヒ・ミア・ゼルプストゥ・ゲファレン・マーク)
私を自分に満足した気にさせることができたなら、
Kannst du mich mit Genuss betrügen;
(カンストゥ・ドゥー・ミヒ・ミットゥ・ゲヌス・ベトリューゲン)
おまえが快楽によって私を欺くことができたとするのなら、
Das sei für mich der letzte Tag!
(ダス・ザイ・フュア・ミヒ・デア・レッツテ・ターク)
それが私にとっての終わりの日だ。
Die Wette biet ich!
(ディー・ベッテ・ビートゥ・イッヒ)
さあ、私と賭けをしよう。
Mephistopheles(メフィストフェレス):
Topp!
(トップ)
約束したぞ。
Faust(ファウスト):
Und Schlag auf Schlag!
(ウントゥ・シュラーク・アオフ・シュラーク)
さらに重ねて約束しよう。
※Schlag auf Schlag:立て続けに、矢継ぎ早に
Werd ich zum Augenblicke sagen:
(ヴェアデ・イヒ・ツム・アオゲンブリック・ザーゲン)
私が瞬間に対してこう言ったならば、
Verweile doch! du bist so schön!
(フェアヴァイレ・ドホ・ドゥー・ビストゥ・ゾー・シェーン)
とどまれ、お前はいかにも美しいと。
Dann magst du mich in Fesseln schlagen,
(ダン・マークストゥ・ドゥー・ミヒ・イン・フェッセルン・シュラーゲン・・・・)
その時には、おまえは私を鎖で縛りあげるがいい。
※[4格]+in Fesseln schlagen:~を鎖でつなぐ、束縛する
Dann will ich gern zugrunde gehn!
(ダン・ヴィル・イヒ・ゲルン・ツグルンデ・ゲーン)
私はよろこんで滅びよう。
※zugrunde gehen:死ぬ、滅びる
Dann mag die Totenglocke schallen,
(ダン・マーク・ディー・トーテングロッケ・シャレン)
死を告げる鐘の音が鳴り響くがいい。
※Totenglocke:葬式の鐘、弔鐘
Dann bist du deines Dienstes frei,
(ダン・ビストゥ・ドゥー・ディーンステス・フライ)
お前も私に仕える勤めから解放される。
Die Uhr mag stehn, der Zeiger fallen,
(ディー・ウーア・マーク・シュテーン・デア・ツァイガー・ファレン)
時計はその歩みを止め、針は落ちるがいい。
Es sei die Zeit für mich vorbei!
(エス・ザイ・ディー・ツァイトゥ・フュア・ミヒ・フォアバイ)
私にとって時はすでに過ぎ去ったのだ。
Mephistopheles(メフィストフェレス):
Bedenk es wohl, wir werden’s nicht vergessen.
(ベデンク・エス・ヴォール・ヴィア・ヴェアデンス・ニヒトゥ・フェアゲッセン)
よく考えることだ。我々がこの約束を忘れることは決してないのだから。
※werden’sはwerden esの短縮形。
Faust(ファウスト):
Dazu hast du ein volles Recht,
(ダーツー・ハストゥ・ドゥー・アイン・フォレス・レヒトゥ)
それについてはお前にすべての権限を委ねよう。
Ich habe mich nicht freventlich vermessen.
(イッヒ・ハーベ・ミヒ・ニヒトゥ・フレーフェントィッヒ・フェアメッセン)
私には軽はずみに神を冒涜するような思い違いをしているつもりは一切ないのだから。
※freventlich=frevelhaft:冒涜的な、不届きな、けしからぬ、恥ずべき
※sich vermessen:測りそこなう、測量を誤る
Wie ich beharre, bin ich Knecht,
(ヴィー・イヒ・ベハレ・ビン・イヒ・クネヒトゥ)
私が歩みを止めてとどまった時には、私はすでに奴隷の身だ。
Ob dein, was frag ich, oder wessen.
(オプ・ダイン・ヴァス・フラーク・イヒ・オーダー・ヴェッセン)
それがお前のものなのか、それとも別の誰かのものなのかは、私が問うところではない。
ファウストと悪魔メフィストフェレスの魂の契約の場面の全文和訳
そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。
・・・
ファウスト:
もし私が長椅子に寝そべって怠惰な日々を過ごすようになったとするならば、
その時は私ももうおしまいだ。
もしおまえが甘い言葉を囁いて騙し、
私を自分に満足した気にさせることができたなら、
おまえが快楽によって私を欺くことができたとするのなら、
それが私にとっての終わりの日だ。
さあ、私と賭けをしよう。
メフィストフェレス:
約束したぞ。
Faust(ファウスト):
さらに重ねて約束しよう。
私が瞬間に対して、
とどまれ、お前はいかにも美しいと言ったならば、
その時には、おまえは私を鎖で縛りあげるがいい。
私はよろこんで滅びよう。
死を告げる鐘の音が鳴り響くがいい。
お前も私に仕える勤めから解放される。
時計はその歩みを止め、針は落ちるがいい。
私にとって時はすでに過ぎ去ったのだ。
Mephistopheles(メフィストフェレス):
よく考えることだ。我々がこの約束を忘れることは決してないのだから。
Faust(ファウスト):
それについてはお前にすべての権限を委ねよう。
私には軽はずみに神を冒涜するような思い違いをしているつもりは一切ないのだから。
私が歩みを止めてとどまった時には、私はすでに奴隷の身だ。
それがお前のものなのか、それとも別の誰かのものなのかは、私が問うところではない。
・・・
次回記事:ファウストが最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑦
前回記事:神と悪魔メフィストフェレスの問答②人間の善性をめぐる神と悪魔の論争、『ファウスト』の和訳⑤
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