宇宙の終着点であり新たな宇宙創成の開始点でもあるスパイロス(真球)、エンペドクレスの宇宙観②
前回考えたように、
エンペドクレスの哲学思想における宇宙の形成においては、
四元素と「愛」と「争い」という二つの力の原理に基づいて、宇宙に存在する万物の二重の生成と二重の消滅のあり方が語られることになるのですが、
今回は、こうしたエンペドクレスにおける宇宙創成のあり方のより具体的なイメージについて考えていきたいと思います。
自らの孤独を楽しむ充実した完全なる球体としてのスパイロス
エンペドクレスの哲学思想において、
宇宙の形成における二つの過渡期の内の一つである四元素の混合過程においては、
宇宙に存在するすべてのものは一点へと集結していき、
一なる存在へと糾合していくことになるのですが、
前回書いたように、こうした四元素の完全なる混合状態においては、
宇宙は世界中のありとあらゆる色や光が一点に集まった
エネルギーの塊のような球状の存在となっていると考えられることになります。
実際、エンペドクレス自身の記述においても、こうした四元素の完全な結合状態について、スパイロス(sphairos、丸い球、真球)という言葉が使われていて、
エンペドクレスによると、根源的な力としての引力である「愛」が極限まで高まった一なる結合状態において、宇宙自身は、
すべての方向から見て自分自身と等しく在り、
完全で限りのないスパイロス(丸い球)としてまわりの孤独を楽しむ。
(エンペドクレス・断片17)
と語られています。
上記のエンペドクレスの言葉において、宇宙自身が「孤独を楽しむ」という
擬人化された表現が使われていることについては、
「古代ギリシア自然哲学における自然と人倫の融合」で考えたように、
エンペドクレスを含む古代ギリシアの自然哲学思想においては、
自然の内にも人間の社会の内も通底する根源的原理の探求がなされていて、
自然学や倫理学といった学問体系の整備と細分化に基づく
学問分野ごとの概念の住み分けがいまだ進んでいない時代の哲学思想ということになるので、
宇宙の形成という自然学のテーマについて語るときでも、人間の精神状態について言及するのと同じ概念をそのまま適用して語ることができたと考えられることにもなるのですが、
エンペドクレスの思想においては、さらに、
宇宙全体が一つの生命体として呼吸しているかのように
一なるスパイロスへの糾合と、そこからの離散が繰り返されていくという
生命論的な宇宙観が展開されていると考えることもできます。
いずれにしても、
こうしたスパイロスとしての四元素の完全なる混合状態においては、
宇宙はただ一つの存在として、自分以外には何者も存在しないという究極の孤独の内にあると同時に、
すべての存在が自らの内にあり、万物が自らの統一の支配下にあるという究極の統一と究極の支配としての自らの万能性を楽しむことができる状態にあるとも考えられることにもなります。
つまり、
こうしたスパイロス(真球)としての宇宙は、
自らの外にはいかなる他者も存在しないという究極の孤立状態にあると同時に、
自らの内にあらゆる存在が取り込まれていることで、その孤独自体を自ら楽しむことができる全能の神のごとき充実した完全なる存在として捉えることができるということです。
すべての存在の終わりであり、新たな始まりでもあるスパイロス
以上のような
四元素の完全なる混合状態における
充実した完全なる球体としてのスパイロス(真球)は、
いったん四散して、極限の状態まで分離しきった元素たちが
一なる存在であるスパイロスへと糾合されていくという四元素の混合過程における
宇宙の究極の終着点でもあると捉えられることになるのですが、
それは、宇宙が一なるスパイロスから拡散して、多様性を増していく
四元素の分離過程においては、
様々な形の銀河や星々、星の上に生きる多様な種族を生み出していく
宇宙の究極の開始点であるとも捉えられることになります。
前述したように、四元素の完全なる結合状態においては、
宇宙はすべての存在が一点へと集約されて一つのエネルギーの塊となった球状の存在となっていると考えられるので、
こうした意味におけるスパイロスは、
例えば、
現代物理学の宇宙論におけるビッグバン(Big Bang)の開始時点における
高温・高密度のエネルギーの極小の塊のような存在として捉えることもできるというように、
それは、広大な宇宙全体を形づくるすべてのエネルギーが詰まった
宇宙創生の開始点として捉えることもできるのです。
・・・
以上のように、
宇宙における万物の究極の結合状態である
エンペドクレスにおけるスパイロス(真球)とは、
自分以外には何者も存在しないという究極の孤独の内にあると同時に、
自らの内にあらゆる存在があるという神のごとき全能性を有する
充実した完全なる球体であり、
それは、万物が一点へと糾合される一つの終着点であると同時に、
新たな宇宙創成の出発点でもある存在として捉えられることになるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:宇宙の混合過程と分離過程における二重の生成と二重の消滅、エンペドクレスの宇宙観①
このシリーズの次回記事:エンペドクレスにおける宇宙の渦動運動とアインシュタインの振動宇宙論、エンペドクレスの宇宙観③
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