心理歴史学と歴史心理学の違いとは?現実の歴史学における心性史との間の共通点と相違点、心理歴史学とは何か?⑤
このシリーズの初回から前回までの一連の記事で考察してきたように、
心理歴史学(psychohistory)とは、アイザック・アシモフの「ファウンデーションシリーズ」(銀河帝国興亡史シリーズ)のなかで登場するアシモフ自身によって考案された新たな学問体系のことを意味する言葉であると考えられることになるのですが、
それに対して、
現実に存在する実際の学問分野においては、こうした「心理歴史学」と非常によく似通った言葉として、歴史心理学(historical psychology)あるいは心性史(history of mentalities)といった学問分野も出てくることになります。
それでは、
こうした心理歴史学と歴史心理学と呼ばれる二つの学問のあり方の間には、具体的にどのような共通点と相違点があると考えられることになるのでしょうか?
歴史学の分野における歴史心理学および心性史の定義とは?
まず、冒頭でも述べたように、
心理歴史学(psychohistory)は、20世紀を代表するアメリカのSF作家であるアイザック・アシモフ(Isaac Asimov)によって書かれたSF小説シリーズである1942年にはじまる「ファウンデーションシリーズ」において登場する新たな学問体系のことを意味する言葉であり、
それは、一言でいうと、
集団としての人間の心理を統計学的に分析していくことによって、未来における人類の歴史全体の流れを正確に予測することを目的とした学問であると考えられることになります。
それに対して、
歴史心理学(historical psychology)あるいは心性史(history of mentalities)と呼ばれる学問分野は、
主に、リュシアン・フェーヴル(Lucien Paul Victor Febvre)や、マルク・ブロック(Marc Leopold Benjamin Bloch)といった20世紀前半のフランス人の歴史学者たちによって提唱され、のちに、1960年代のフランスを中心に発展した新たな歴史学の潮流のことを意味する言葉であり、
それは、特に、
人間の心性、すなわち、それぞれの時代における人間の心の特質や心的傾向を、
図像、遺物、伝承などといった一般的な歴史資料である文献以外の多様な資料も総動員することによって幅広く研究していこうとする全体史的な傾向を持つ歴史学のあり方のことを意味する言葉であると考えられることになるのです。
心理歴史学と歴史心理学の間における共通点と相違点
そして、
こうした歴史心理学や心性史と呼ばれる新たな歴史学の潮流においては、歴史学の研究対象となる資料自体についてだけではなく、そうした資料の分析の仕方についても、
それまでの歴史学における伝統的な文献解釈の手法だけに捕らわれずに、地理学や経済学、さらには、統計学や心理学、文学、芸術学といった幅広い学問分野の知識が総動員されることによって、
人類の歴史のそれぞれの時代における人間の心性のあり方が包括的に解き明かされていくことになるので、
そういう意味では、こうしたた歴史心理学や心性史と呼ばれる学問は、
統計学的な手法から、数学や物理学、社会学や心理学といった幅広い学問分野における原理を応用することによって人類の歴史全体の流れを解き明かそうとしていくアシモフの「ファウンデーションシリーズ」における心理歴史学と呼ばれる学問と、
根底の部分において共通する思想傾向を持った新たな学問の形態として捉えることができると考えられることになります。
しかし、その一方で、
歴史心理学や心性史と呼ばれる学問においては、、あくまで、過去の歴史の内における人間の心性のあり方を探究していくという歴史学の範囲内において、その探究が進められていくことになるのに対して、
アシモフの心理歴史学においては、そうした人間の心理の包括的な分析を通じて、本来の歴史学の範疇を超えて、未来の人類の歴史についての予測と分析までもが導き出されていくことになるといった点において、
両者の間における学問的探究の方向性の違いを見いだすことができると考えられることになります。
・・・
つまり、一言でいうと、
こうしたアシモフのSF小説シリーズのなかで語られている心理歴史学と呼ばれる学問と、現実に存在する実際の学問分野のなかに位置づけられている歴史心理学や心性史と呼ばれる学問のあり方は、
両者とも、人間の心性、すなわち、人間の心の特質や心的傾向のあり方を、統計学や社会学や心理学といった多彩な学問の知識を幅広く活用していくことを通じて、
人間の心理のあり方が、歴史的な観点から包括的に探究されていくことになるという点においては、互いに共通していると考えられることになるのですが、
その一方で、
歴史心理学や心性史においては、あくまで、学問の探究の範囲は、過去の歴史の内における人間の心性の研究という通常の歴史学の範囲の内にとどまるのに対して、
アシモフの心理歴史学においては、その探究の方向性が、通常の歴史学の範囲を飛び越えて、未来において人類が進んで行くことになる道の方向性の予測や、さらには、そうした心理歴史学的な分析に基づく未来における人類の歴史の流れの修正へと進んで行くことになるといった点に、
こうした心理歴史学と歴史心理学と呼ばれる二つの学問のあり方の間における大きな意味の違いを見いだすことができると考えられることになるのです。
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次回記事:アシモフの心理歴史学と社会心理学および集合心理学との共通点とは?心理歴史学とは何か?⑥
前回記事:心理歴史学とは自然科学と社会科学のどちらに分類されるべき学問分野なのか?心理歴史学とは何か?④
このシリーズの初回記事:心理歴史学とは何か?①アシモフの銀河帝国興亡史におけるハリ・セルダンについての記述と心理歴史学の定義
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