新約聖書のマタイによる福音書におけるサタンに対する三つの呼び名とは?サタン(悪魔)とは何か?④

このシリーズの初回から第三回までの記事で詳しく考察してきたように、キリスト教とユダヤ教の共通の聖典にあたる旧約聖書においては、

人間に対して様々な苦難や誘惑を与えることによって悪の道へと導いていこうとする人間に対する敵対者や告発者、あるいは、神の教えに背くことによって天界から追放された堕天使のことを意味する言葉としてサタンや悪魔といった言葉が用いられていると考えられることになるのですが、

それに対して、

キリスト教の聖典にあたる新約聖書においては、こうした旧約聖書におけるサタンについての言及とはまた少し異なった観点からより頻繁な形で、こうしたサタンや悪魔と呼ばれる存在についての言及がなされていくことになると考えられることになります。

そこで、今回の記事では、

こうした新約聖書のうちの主要な部分を占めているマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ四福音書におけるサタンの存在についての具体的な言及のあり方について詳しく考察していきたいと思います。

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マタイによる福音書の「荒野の誘惑」の場面で語られているサタンの三つの呼び名とは?

イエス・キリストに付き従った十二使徒のうちの主要な四人にあたるマタイマルコルカヨハネが書き記したとされる四福音書と呼ばれる新約聖書の書物のなかでは、そのうちのどの福音書のなかにおいても、そうしたサタンと呼ばれる邪悪な存在についての言及がなされていくことになるのですが、

そうした四福音書においてサタンについての言及がなされている箇所のなかでも、最も有名な場面としては、以下の記述において示していくように、

宣教活動を行う前のイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた後に、荒野においてサタンからの三つの試練を受ける「荒野の誘惑」と呼ばれる新約聖書の場面が挙げられることになります。

・・・

さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。

すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」 イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」 イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。

更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」 そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

(新約聖書「マタイによる福音書」04章1節~11節)

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ちなみに、

上記のマタイによる福音書における記述の冒頭部分において、イエスをサタンによる試練を受けるように導いた“霊”と呼ばれる存在は、

神の霊、あるいは、そうした主なる神と三位一体の関係にある聖霊の働きによるものであると考えられることになりますが、

こうした「荒野の誘惑」と呼ばれる新約聖書の場面においては、サタンと呼ばれる人を悪の道へと導いていこうと試みる邪悪な心を持った存在は、

悪魔誘惑する者サタンという三つの呼び名において語られていると考えられることになるのです。

そして、

こうした誘惑する者、すなわち、人間の心を惑わして悪の道へと引き入れていく者としてのサタンや悪魔の存在については、詳しくは次回の記事でまた改めて詳しく考察していくように、

使徒ペトロが自らの十字架の死を予言するイエスをいさめて、その言葉通りのことが起こらないように迫るのをイエスが退けて永遠の命のことを説く場面、

さらには、イスカリオテのユダイエスのことを裏切って、その命をユダヤ人の祭司長たちに銀貨三十枚で売り渡そうとする場面

といった新約聖書の四福音書において登場する様々な場面において、繰り返し言及がなされていくことになります。

・・・

次回記事:ユダの裏切りの場面で現れる霊的な存在としてのサタンと使徒ペテロへのイエスの教えの中で語られる比喩や象徴としてのサタン、サタン(悪魔)とは何か?⑤

このシリーズの前回記事:旧約聖書のエゼキエル書において記されているサタンの天上での栄光から地上への転落までの顛末、サタン(悪魔)とは何か?③

前回記事:旧約聖書のケルビムの車輪とユングの心理学のマンダラとの関係、預言者エゼキエルの自己の内面を通じた神との対話と生命の樹

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