テーセウスの船の哲学的な解釈①アリストテレスの四原因説に基づく四つの観点から見た船の同一性の解釈
前回の記事で書いたように、テーセウスの船と呼ばれる哲学的な議論は、もともとは、クレタ島において牛頭人身の怪物であったミノタウロスを倒して、この怪物が閉じ込められていたラビュリントスと呼ばれるクレタの迷宮を脱出したのちに、
クレタの王女であったアリアドネと、ミノタウロスのもとから救出したアテナイの子供たちとを連れて船に乗ってアテナイへと帰還していくことになった
ギリシア神話におけるアテナイの英雄にあたるテーセウスの物語に由来する議論であると考えられることになります。
そして、こうしたテーセウスの船と呼ばれる古代ギリシアのアテナイの地を発祥として広まっていったと考えられる哲学的な議論は、まずは、
紀元前4世紀後のアテナイの哲学者であったアリストテレスによって大成された四原因説と呼ばれる事物の原因に関する説明様式に基づいて説明していくことができると考えられることになります。
テーセウスの船における個物の同一性とアリストテレスの四原因説
前回も書いたように、こうしたテーセウスの船と呼ばれる哲学的な議論においては、
「ある船を構成しているすべての部品が新しい部品へと交換されてしまった後でも、その船は元の船と同じ船であると言えるか?」
という特定の一つの事物としての船の同一性、より一般的に言えば、それ自体としては他の事物に置き換えることが不可能な固有の事物としての個物の同一性が問題となっていると考えられることになりますが、
こうした個物の存在の原因のあり方については、アリストテレス哲学における四原因説と呼ばれる説明方式においては、
質料因・形相因・起動因・目的因という四つの観点から説明されていくことになると考えられることになります。
そうすると、まず、
こうした質料因・形相因・起動因・目的因という四つの原因となる原理は、それぞれ、
質料因は、その事物の内に含まれていて、その事物がそこから生成することになる素材や質料としての原因、
形相因は、その事物が「何であるか」を指し示すその事物を形づくる本質や概念としての原因、
起動因は、物体の運動や事物の生成変化がそこから始まる起点となる出発点としての原因、
目的因は、その事物が「そのために」存在し、その事物の運動や生成変化が目指すべき目標地点となる終着点としての原因
といった意味を表す概念として定義されていくことになります。
四原因説に基づく四つの観点から見たテーセウスの船の同一性の解釈
そして、
こうした四原因説と呼ばれる説明方式に基づいて、テーセウスの船と呼ばれる哲学的な問題を考えていくとする場合、
まずは、
テーセウスの船と呼ばれているこの船は、船を構成しているすべての部品、すなわち、すべての素材が新しい素材へと置き換わってしまっていると考えられるため、
そうした事物の素材としての質料因の観点からは、この船は元の船とはまったく異なる新しい船になってしまっていると考えられることになります。
そして、それに対して、
この船は、船を構成している部品が置き換えられているだけで、かつてテーセウスが乗っていた船とまったく同じ形をしていて、言い換えれば、昔の船とまったく同じ設計図に基づいてつくり上げられている船であると考えられるため、
そうした事物が「何であるか」を指し示す本質や概念としての形相因の観点からは、この船は元の船と同じ形と本質を保ち続けているまったく同じ船であると考えられることになります。
また、その次に、
この船はテーセウスがクレタ島への船旅へと赴く前に作られたのち、その後の部品の交換を経ながらも、この船自体は途切れることになく連続して存在し続けていると考えられるため、
そうした事物の生成変化の出発点としての起動因の観点から見ても、この船はその個物としての誕生が常に同じ時点にまでたどることができるという意味においてまったく同じ船であると考えられることになります。
そして、
この船は、テーセウスを乗せて一度クレタ島へと向かったのち、アテナイへと帰還するという目的のために使われた船であり、その目的自体は、たとえ船の部品が置き換わっても不変であることに変わりはないため、
そうした事物が「そのために」存在することを指し示す目標地点となる目的因の観点から見ても、この船は元の船とまったく同じ船と見なすことができると考えられることになるのです。
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以上のように、
こうした四原因説と呼ばれる古代ギリシアのアリストテレス哲学における事物の説明方式のあり方に基づくと、
テーセウスの船の問題への解答としては、ひとまずは、
事物の素材のことを意味する質料因の観点からは、この船は元の船とはまったく異なる部品で構成されているという意味で、元の船とは異なる船であると考えられるのに対して、
事物の構造と本質のことを指し示す形相因の観点からは、この船は元の船とまったく同じ構造と本質を保ち続けているという点において、元の船と同じ船であると考えられ、
残り二つの起動因と目的因の観点からも、形相因の場合と同じように、この船は元の船と同じ船と見なすことができると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:テーセウスの船の哲学的な解釈②部分と全体そして同一性の差異という観点に基づくテーセウスの船の解釈
前回記事:テーセウスの船のギリシア神話における由来とは?アテナイの英雄の祖国への帰還に用いられた30本の櫂を持つ木造船
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