心理学における「転移」とは何か?①正の転移と負の転移の違いと日常的な意味や医学的な意味における定義との区別、防衛機制とは何か?㉔
このシリーズの初回から前回までの一連の記事では、フロイトの精神分析学などの深層心理学の分野において登場する人間の心に備わった心理的な防衛システムである防衛機制と呼ばれる心の働きのあり方についてして探究していくなかで、
そうした現実の社会において生じる様々なストレス状況から自分自身の心を守ろうとする無意識的な心の働きである自我の防衛機制の働きの代表的な種類について一つ一つ取り上げていく形で詳しく考察してきましたが、
このシリーズの最後の数回では、
そうした様々な防衛機制の種類のなかでも、精神分析学などの心理学的な治療の過程において現れることが多い特殊な防衛機制の働きである「転移」と「逆転移」と呼ばれる心の働きのあり方について順番に取り上げていきたいと思います。
日常的な意味における「転移」と心理学的な意味における「転移」の具体的な意味の違いとは?
「転移」というと、それは日常的な意味においては、あるものがそれが元々あった本来の場所から別の場所へと移動するという「移転」や「転置」、
あるいは、物事が次々に別な状態へと移り変わっていくという「流転」といった言葉と同じような意味で用いられる言葉として定義されることになりますが、
より一般的には、こうした「転移」という言葉は、
ガン細胞などの腫瘍細胞や病原体などが、もともとの根拠地としていた原発巣から血流やリンパ液の流れなどを介して体内の他の部位へと病巣を広げていく状態のことを指す医学用語として用いられるケースが多いと考えられることになります。
そして、
こうした日常的あるいは医学的な意味における「転移」という言葉の定義のあり方に対して、心理学的な意味における転移(transference)とは、
患者が医師やカウンセラーに対して自らの心を開いていく過程において築き上げていく対人関係のなかで成立する自分自身の感情の相手への移転のあり方、
すなわち、心理学的な治療の過程において生じる患者の側から治療者の側へと向けられる感情転移のことを意味する概念として定義されることになるのです。
心理学的な治療の過程において生じる正の転移と負の転移の違いとは?
それでは、より具体的には、精神分析学などにおける心理学的な治療のどのような過程において、患者の心の側にそうした「転移」と呼ばれる心の働きが生じることになると考えられるのか?ということについてですが、
それについては、まず、
過去にトラウマとなるような経験をかかえた神経症の患者などに対する精神分析学などにおける心理学的な治療の過程においては、
精神科医やカウンセラーたちは、自由連想法などを通じて、患者の意識を過去のトラウマとなった経験などが封じ込められている無意識の領域へと導いていったうえで、
そうした無意識の領域の内に抑圧されて自分自身の心を苦しめているトラウマの記憶や負の感情を徐々に段階を経ていく形で意識の領域の内へと解放させていき、
そうしたトラウマの記憶や負の感情が適切な形で意識の領域の内に受け止め直されていくことによって治療が進められていくことになると考えられることになります。
そして、
こうした一連の心理学的な治療の過程においては、患者が自分自身の心を開いていくなかで、医師やカウンセラーといった治療者に対して感じていく信頼感や親近感といった心のあり方が、
より強力な正の感情へと変化していくようなケースがあると考えられ、そのようなケースにおいては、患者は治療者に対して、恋愛感情などへと通じるような強い愛情や、いつまでも治療を終えたくないと感じるような強い依存心を抱いてしまうことになると考えられることになります。
それに対して、
そうした一連の治療の過程において、それまで心の奥底に封印されていたトラウマの記憶や負の感情が無意識の領域から解放されていくことによって、
そうした無意識の領域から解放されて行き所を失った負の感情のエネルギーが、直接的に自分の目の前にいる治療者の側へと向け変えられていくケースなども生じてしまうことがあると考えられ、
そのようなケースでは、患者は治療者に対して、過去に自分にトラウマを植え付けた相手に対して抱いていたような強い憎しみの感情や、相手のことを強く否定しようとする感情的な非難などを向けてしまうことになると考えられることになります。
そして、このような一連の心理学的な治療の過程を通じて、
前者のように患者側の愛情や依存心といった正の感情が治療者側へと向けられていく形で感情の転移が進んでいくケースでは、それは「正の転移」として位置づけられていくことになるのに対して、
後者のように患者の心の無意識の領域の内に抑圧されていた憎悪や敵対心といった負の感情のエネルギーが治療者側へと向けられていく形で感情の転移が進んでいくケースでは、それは「負の転移」として位置づけられていくことになると考えられることになるのです。
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次回記事:心理学における「転移」とは何か?②「退行」のプロセスを前提として形成される複合的で派生的な自我の防衛機制のあり方、防衛機制とは何か?㉕
前回記事:通常の夢と明晰夢そして白昼夢の違いとは?三つの夢のあり方を区別する意識状態に関する三つの観点
このシリーズの前回記事:妄想と白昼夢の違いとは?自我の防衛機制の働きにおける抑圧された願望や感情の実現のされ方の違い、防衛機制とは何か?㉓
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