デルポイとポーキスの関係:現代のバチカンとイタリアの関係との類似点と古代ギリシアの他の地域との都市の関係の違い

前回書いたように、古代ギリシアにおける第二次神聖戦争と呼ばれる宗教戦争においては、古代ギリシアにおける宗教的な中心地の一つであったデルポイのアポロン神殿をこの都市が位置するギリシア中西部の一帯を支配する一大勢力であったポーキス人と呼ばれる人々が占領することによって、

こうしたポーキスによるデルポイのアポロン神殿の占領神に対する冒瀆の罪とみなしたスパルタを中心とするデルフォイを守護する隣保同盟の諸都市の軍勢がポーキス討伐へと乗り出していくことにより戦争がはじまることになります。

それでは、そもそも、こうした古代ギリシアにおけるデルポイとポーキスとの関係はより具体的にはどのようなものであったと考えられることになるのでしょうか?

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ギリシア神話におけるポーキスの由来と宗教都市デルポイの独自の発展

デルポイとポーキスとの位置関係

古代ギリシア語の発音ではポーキス、現代ギリシア語の発音ではフォキスと呼ばれるこの地方は、

東はテーバイを中心とするボイオティア地方、北西はスパルタなどの都市国家を建設したドーリア人の故地にあたるドーリス地方に隣接する古代ギリシアの一地方として位置づけられることになります。

そして、こうしたポーキスと呼ばれる古代ギリシアの地方は、ギリシア神話における海を司る神であるポセイドンの息子の一人であったポーコスがこの地へと移住したのちに土地が栄えていくことになったとされているため、その名をとってポーキスと呼ばれるようになったと伝えられています。

そしてその一方で、こうしたポーキスと呼ばれる地方に位置する主要都市の一つであったデルポイにおいては、ギリシア最古の神託所の一つでもあったアポロン神殿が築かれ、ギリシア全土の都市国家から広く信仰されていくことによって、

その他のポーキス地方における諸都市とは隔絶されたなかで、古代ギリシアにおける宗教都市としての独自の発展を遂げていくことになっていったと考えられるのです。

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アッティカやラコニアなどの古代ギリシアの他の地域との都市の関係の違い

古代ギリシアにおける主要な地方とそれぞれの地方の中心都市との関係においては、アッティカにおけるアテナイ、ラコニアにおけるスパルタ、そして、ボイオティアにおけるテーバイというように、

通常の場合、それぞれの地方を代表する都市国家を中心として地域全体が発展していき、隣接する地方との抗争を繰り広げていくことによってギリシア世界における自らの勢力を拡大していくことになります。

しかし、それに対して、アポロン神殿の聖域を中心とする古代ギリシアにおける最大の宗教都市であったデルポイは、ポーキス地方の中心都市でありながら、その他のポーキス地方の諸都市からは隔絶した状態での独自の発展を遂げていくことになったため、

本来は、ポーキスの中心地でありながら、都市の支配をめぐってその他のポーキス地方の諸都市との間に時には対立関係が生じてしまうことによって、冒頭で述べたような神聖戦争と呼ばれる宗教戦争の勃発へとつながっていってしまうことになったと考えられるのです。

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現代におけるバチカン市国とイタリアの関係との類似点

ちなみに、こうした一つの地域、あるいは、一つの国家の領域の内部に存在する周囲からは隔絶された状態で独自の発展を遂げていくことになった宗教都市の存在としては、

イタリアの首都であるローマ市内に存在する都市国家であるバチカン市国の存在なども挙げることができると考えられることになります。

キリスト教のカトリックの総本山となる宗教国家であるバチカン市国では、現代においても、都市国家の内部に居住する聖職者に対しては、

イタリア国籍などのそれぞれの居住者が持つ従来の国籍と同時にバチカン市国の国籍も付与されることによって二重の国籍が与えられることになるのですが、

そういった意味では、古代ギリシアにおけるデルポイポーキスとの関係においては、こうした現代におけるバチカンイタリアとの関係の内にも多少の類似点を見いだしていくことができるように、

宗教都市としてのデルポイは地理的および経済的な関係においては同じ国家の領域や地域の内に属していながら、政治的および宗教的な関係においては周囲の地域から隔絶された独自の発展を遂げていくことになっていったと考えられることになるのです。

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