心理学における「転移」とは何か?②「退行」のプロセスを前提として形成される複合的で派生的な自我の防衛機制のあり方、防衛機制とは何か?㉕

前回の記事で書いたように、フロイトの精神分析学などにおける心理学的な治療の過程においては、

しばしば、患者の側から治療者の側への感情移入や感情の移転などが生じていく「転移」と呼ばれる自我の防衛機制の働きが生じるケースがあり、

こうした「転移」と呼ばれる心の働きは、患者側の愛情や依存心といった正の感情が治療者側へと向けられていく形で感情の転移が進んでいく「正の転移」と、

患者の心の無意識の領域の内に抑圧されていた憎悪や敵対心といった負の感情のエネルギーが治療者側へと向けられていく形で感情の転移が進んでいく「負の転移」という二通りのパターンが存在すると考えられることになります。

そこで、今回の記事では、

こうした「正の転移」「負の転移」と呼ばれる二通りの転移のあり方のそれぞれにおいて生じる具体的な心理的なプロセスの違いについてさらに詳しく分析していくことを通じて、

「転移」と呼ばれる自我の防衛機制の仕組みのあり方についてより詳しく解き明かしていきたいと思います。

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「正の転移」と「負の転移」の両者に共通する「退行」のプロセス

まず、

こうした「正の転移」と「負の転移」と呼ばれる二通りの転移のあり方のどちらの場合においても、神経症などの心理学的な要因に由来する問題を抱えている患者に対する心理学的な治療においては、

そうした患者自身の心理的な問題の根本に存在すると考えられる心の奥底の無意識の領域に抑圧された過去のトラウマの記憶や負の感情と患者本人が向き合っていくなかで治療が進められていくと考えられることになるので、

こうした自分自身の過去のトラウマの記憶や負の感情と患者本人が向き合うことに成功した時点で、患者自身は「治療的退行」と呼ばれる人為的に操作された一時的な退行状態へと導かれていくことになると考えられることになります。

つまり、

「転移」と呼ばれる心の働きは、「正の転移」と「負の転移」の両方の場合とも共に、

幼少期などのいったん現在の自分より以前の発達段階へと立ち戻ることなどによって自分自身の心の態勢を立て直そうとする心の働きである「退行」と呼ばれる自我の防衛機制の働きを前提としたうえで進んでいく、より発展的で派生的な自我の防衛機制のあり方として捉えられることになるのです。

「正の転移」における「取り入れ」から「同一化」のプロセスへの移行

そして、

こうした「退行」と呼ばれる自我の防衛機制の働きを経たのちに現れる心理的プロセスについては、「正の転移」と「負の転移」のそれぞれの場合において、その道筋が大きく異なっていくことになると考えられ、

まず、前者の「正の転移」のプロセスにおいては、「退行」のプロセスを通じて幼児期のような心の成長が未発達な段階へといったん引き戻された患者は、

そうした幼児期などの成長段階にある心において特徴的な心の働きである「取り入れ」や「摂取」と呼ばれる心の働きを通じて、

治療者側の価値観や感情をそのまま自分自身のものとして受け入れることによって、自分自身の人格や価値観を相手に依存する形で補強していく傾向を強めていくことになると考えられることになります。

そして、

こうした「取り入れ」と呼ばれる自我の防衛機制の働きは、それがより強力な形で進展していった場合には、「同一化」や「同一視」と呼ばれる心の働きへと発展していくことになると考えられ、

そのようなケースでは、治療者の人格に対して自分自身の人格が直接的に重ね合わされていくことによって、治療者側が有する性質が全面的に自分自身の人格の内へと取り入れられていくことになり、

そのようなケースでは、患者の側の治療者側に対する深い愛情や依存心といった強い感情移入が引き起こされることによって、「正の転移」のプロセスが進行していくことになると考えられることになるのです。

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「負の転移」における「投影」と「置き換え」の二段階のプロセスの進行

それに対して、

後者の「負の転移」のプロセスの方は、より複雑な心理学的過程を経ることによって生じている心の働きであると考えられ、

「負の転移」の場合には、まずは、患者自身の心の奥底に抑圧されていた過去のトラウマの封印が解かれて、それまで無意識の領域のうちに押し込めれたいた負の感情が意識の領域へとのぼっていく過程において、

患者自身の意識においていまだ受け入れる準備が整っていない負の感情は、「投影」と呼ばれる自我の防衛機制の働きを通じて、無意識のうちに治療者側へと投げ入れられ

自分ではなく治療者の側がそうした負の感情を抱いていると思い込んでいくという形で自分にとって受け入れがたい感情の治療者側への転嫁が進められていくことになります。

そして、それと同時に、

患者自身が自分のものとして受け入れることができた負の感情は、本来は、そうした負の感情が植え付けられる元凶となった過去のトラウマの原因となった人物などに対して向けられていくことになるのですが、

そうした自分自身の過去のトラウマのきっかけとなった相手に対して改めて負の感情を向け直して、そうした人物のことを直接意識することは患者本人の自我にとって大きな苦痛となるので、

そうした自我が感じる大きな苦痛をひとまず回避するために、今度は「置き換え」と呼ばれる自我の防衛機制の働きが機能することによって、

トラウマの原因となっていた抑圧されていた負の感情は、そうした負の感情を向ける心理的な抵抗が比較的小さい相手である治療者側に対してに向け変えられていくことになり、

それによって、患者の側が治療者側に対して憎悪や敵対心といった負の感情のエネルギーを直接ぶつけていってしまう「負の転移」のプロセスが進行していくことになると考えられることになるのです。

・・・

以上のように、

「転移」と呼ばれる自我の防衛機制の働きのあり方は、患者に対する心理学的な治療の過程において生じる「退行」のプロセスを前提としたうえで、その後、

「正の転移」においては、治療者側の価値観や感情をそのまま自分のものとして受け入れていく「取り入れ」や「同一化」と呼ばれる心の働きを通じて治療者側への深い愛情や依存心が芽生えていくことになると考えられ、

それに対して、

「負の転移」においては、無意識の領域のうちに抑圧されていた負の感情が解放されていく過程において、

患者自身が自分のものとして受け入れがたい負の感情は、「投影」と呼ばれる心の働きを通じて治療者側が抱いている感情として転嫁され、

患者自身が自分のものとして受け入れることができた負の感情も、その一部は「置き換え」と呼ばれる心の働きを通じて治療者側へと向け変えられていくという

二段階のプロセスにおいて治療者側に対する憎悪や敵対心が芽生えていくことになると考えられることになります。

つまり、そういった意味では、

精神分析学などにおける心理学的な治療の過程において生じるこうした「正の転移」と「負の転移」の二通りのパターンへと大別される「転移」と呼ばれる心の働きのあり方は、

こうした「退行」「取り入れ」「同一化」「投影」「置き換え」といった様々な自我の防衛機制の働き同士が複雑に関連し合うことに形成されていく複合的で派生的な自我の防衛機制のあり方として捉えることができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:「逆転移」とは何か?患者と治療者との間の心理的な関係の逆転現象としての「逆転移」の具体的な心理的プロセス、防衛機制とは何か?㉖

前回記事:心理学における「転移」とは何か?①正の転移と負の転移の違いと日常的な意味や医学的な意味における定義との区別、防衛機制とは何か?㉔

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