エス(イド)とは何か?①心身医学の祖であるゲオルク・グロデックによる心理学的な概念としてのエス(Es)の概念の導入
前回書いたように、フロイトの精神分析学における後期の心理学理論において登場する自我・超自我・エス(イド)という三つの心の部分から成る人間の心の階層構造の内部においては、
人間の心の構造は、自我と超自我とエスの三者の間に成立する力動的で立体的な三項対立の構造において捉えられていくことになると考えられることになるのですが、
そもそも、こうしたフロイトの心理学におけるエス(Es)あるいはイド(id)と呼ばれる概念は、具体的にどのような意味と由来を持つ言葉であると考えられることになるのでしょうか?
心身医学の祖であるゲオルク・グロデックによる心理学的な概念としてのエス(Es)の概念の導入
フロイトの心理学理論において、はじめてエス(Es)と呼ばれる概念が登場するのは、
1923年に出版された『自我とエス』(”Das Ich und das Es”、ダス・イッヒ・ウント・ダス・エス)と題されるドイツ語で記されたフロイトの著作の内においてであり、
フロイト自身は、こうした心理学におけるエス(Es)と呼ばれる概念を、人間の心の奥底の部分に存在する本能的な欲求や衝動を司る心の部分として捉えていると考えられることになるのですが、
こうしたドイツ語におけるEs(エス)と呼ばれる概念自体を心理学的な意味においてはじめて用いたのは、フロイト本人ではなく、
フロイトとも数多くの書簡などを交わす中で、彼の心理学理論に対しても多大な影響を与えたと考えられているドイツの医学者であるゲオルク・グロデック(Georg Groddeck、1866年~1934年)という名の人物であったと考えられています。
ゲオルク・グロデックは、治療対象となる患者の身体面だけではなく、心理面や社会面などにも目を向けることによって総合的な観点から診断と治療を行うことを目指す医療のあり方である心身医学(psychosomatic medicine)の祖ともされている人物であり、
こうした心身医学と呼ばれる医学のあり方は、現在の日本では心療内科などとして知られている医療の分野の先駆的な医学のあり方としても位置づけられていると考えられることになります。
グロテックは、具体的には、手術や投薬治療といった直接的な医療行為だけではなく、食事療法や温浴療法、マッサージといった様々な総合的な療法を取り入れることによって、
心理的な要因から起こる身体的な症状や疾患として位置づけられている心身症などの症状や疾患の治療についての研究を進めていくことになるのですが、
彼は、そうした身体面と心理面の両方を通じた総合的な視点から患者の治療を行っていく過程において、人間の心の奥底に存在する患者本人も気づかない何らかの思念によって、そうした心身症の症状が引き起こされているということに思い至ることになります。
そして、グロテックは、
そうした人間の心の無意識の領域に存在する心身症の原因となるような様々な無自覚的な思念のあり方のことを指して、
こうしたドイツ語においてEs(エス)と呼ばれる言葉を新たに心理学的な概念として導入するに至ったと考えられることになるのです。
人間の心の無意識の領域に存在する無自覚的な思念のあり方としての心理学上の概念としてのエスの定義
以上のように、
フロイトの心理学理論における自我・超自我・エスという三つの心の部分から成る人間の心の階層構造のうちで登場することで有名な心理学上の概念としてのエス(Es)の概念は、
もともとは、フロイト自身の手によって新たに生み出された概念であったというわけではなく、
それは、人間の身体面と心理面の両方を包括する総合的な視点から患者の治療を行っていくことを目指す医療のあり方である心身医学の祖とされるドイツの医学者であるゲオルク・グロデックによって、新たに提唱された心理学上の概念であったと考えられることになります。
そして、こうしたドイツ語においてEs(エス)という言葉に由来する心理学上の概念としてのエスの概念は、
もともとは、必ずしもフロイトの心理学におけるエスの定義のように、人間の心の奥底の部分に存在する本能的な欲求や衝動のみのことを指す概念として用いられていたというわけではなく、
それは、人間の心の無意識の領域に存在する心身症の原因となるような様々な無自覚的な思念のあり方全般のことを意味する概念として用いられていたと考えられることになるのですが、
次回は、それではなぜ、
こうしたドイツ語におけるEs(エス)という言葉が、そうした人間の心の無意識の領域に存在する意識によっては自覚できない思念のあり方のことを意味する概念として用いられるようになっていったのか?ということについて、さらに詳しく掘り下げて考えていきたいと思います。
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次回記事:エス(イド)とは何か?②ドイツ語とラテン語におけるエスとイドという言葉の具体的な意味と、あらゆる生命活動と精神活動の根本に存在する中性的で原始的な心のあり方
前回記事:意識・前意識・無意識と自我・超自我・エスの具体的な対応関係とは?②両者の間に存在するより複雑な構造を持った力動的で立体的な三項対立の対応関係の構造
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