エス(イド)とは何か?②ドイツ語とラテン語におけるエスとイドという言葉の具体的な意味と、あらゆる生命活動と精神活動の根本に存在する中性的で原始的な心のあり方
前回書いたように、フロイトの心理学において登場することで有名なエス(Es)の概念を心理学上の概念としてはじめて提唱したのは、心身医学の祖とされるドイツの医学者であるゲオルク・グロデックという人物であり、
彼は、心身症の原因となるような人間の心の無意識の領域に存在する様々な無自覚的な思念のあり方のことを指してこうしたエス(Es)というドイツ語の単語を用いていたと考えられることになります。
それでは、
こうしたEs(エス)という言葉は、そのドイツ語における言葉自体の意味に基づくと、本質的な意味においてはどのような心のあり方のことを意味する概念として捉えることができると考えられることになるのでしょうか?
ドイツ語とラテン語におけるes(エス)とid(イド)という言葉の具体的な意味とは?
まず、
こうしたes(エス)という単語は、ドイツ語においては、三人称単数の人称代名詞の中性形の一格と四格、すなわち、主格と目的格の形にあたる単語であり、
それは、一言でいうと、
日本語においては「それ」、あるいは、「それは」「それを」といった言葉として訳されることになる何らかの単数の中性名詞のことを指す代名詞として用いられる言葉であり、
こうしたes(エス)というドイツ語における中性形の人称代名詞が、固有名詞化することで語頭のスペルが大文字となり、Es(エス)という表記となったというのが、
心理学上の概念としてのエスという概念の直接的な由来であると考えられることになります。
ちなみに、
こうした心理学上の概念としてのエス(Es)のことを意味する言葉としては、そのほかに、イド(Id)という言葉が用いられることもありますが、
こうしたid(イド)という単語も、ラテン語において、三人称単数の人称代名詞の中性形の主格と対格、すなわち、主格と目的格の形にあたる単語であり、
もともと、フロイトの主著の一つである”Das Ich und das Es”(『自我とエス』)という1923年出版の著作が英訳された際に、
ドイツ語におけるIch(自我)とEs(エス)という単語の部分が、ラテン語のego(エゴ)とid(イド)という単語へと訳される形で翻訳が行われ、”The Ego and the Id”という著作名で出版されることになったので、
特に、英語圏の心理学界においては、こうしたドイツ語において「エス(Es)」と呼ばれる心理学上の概念は、ラテン語に訳された「イド(Id)」という単語の形で、より広く浸透していくことになっていったと考えられることになるのです。
あらゆる生命活動と精神活動の根本に存在する中性的で原始的な心のあり方としてのエスとイドの定義
以上のように、
es(エス)やid(イド)といった単語は、もともとは、日本語では直接的には「それ」といった言葉として訳されるような何らかの中性名詞のことを指す代名詞として用いられる言葉であったと考えられることになるのですが、
こうしたドイツ語やラテン語における言葉本来の意味に基づいて、心理学上の概念としてのエスやイドと呼ばれる概念の本質的な意味について、さらに深く掘り下げて考えていくと、
例えば、ドイツ語においては、
「成人した男性」のことを意味する単語であるMann(マン、男)や、「成人した女性」のことを意味する単語であるFrau(フラオ、女)といった言葉が、それぞれ男性名詞と女性名詞として用いられることになるのに対して、
「子供」を意味するKind(キントゥ)という単語や、「少女」のことを意味するMädchen (メートゥヒェン)といった単語は、そうした男性名詞や女性名詞のどちらにも分類されない中性名詞へと分類されることになります。
そして、上述したように、
人間の心の無意識の領域に存在する様々な無自覚的な思念のあり方のことを指す心理学上の概念としてのエスやイドといった言葉は、
男性名詞でも女性名詞でもなく、何らかの中性名詞に対応する言葉として位置づけられることになると考えられることになるのですが、
つまり、そういった意味では、
こうした心理学上の概念としてのエスやイドといった言葉は、そのもともとの本質的な意味においては、
人間の心が、男性または女性の心へと分化が進んでいく前の幼児や赤ん坊、さらには、胎児の段階においてすら存在すると考えられることになる中性的な心の状態、
あるいは、そうした性別的な区分自体を持たない微生物や細菌といった原始的な生命体においても共通するような
生物におけるあらゆる生命活動と精神活動の根本に存在する原始的な心のあり方のことを意味する概念であったと解釈することができると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:エス(イド)とは何か?③フロイトの心理学におけるエスの定義と発生学的な観点におけるエスから自我そして超自我への心の分化のあり方
前回記事:エス(イド)とは何か?①心身医学の祖であるゲオルク・グロデックによる心理学的な概念としてのエス(Es)の概念の導入
「心理学」のカテゴリーへ
「フロイト」のカテゴリーへ
「意識・自我・魂」のカテゴリーへ