「努力し続ける者は救いを得る」ファウストの昇天の際に天使たちが語る魂の救済の歌、『ファウスト』の和訳と解釈⑯
前回書いたように、
若き日のファウスト自身が結んだ悪魔メフィストフェレスとの魂の契約によって、死を迎えて肉体から離れていくファウストの魂は、メフィストフェレスのもとへと引き渡されることになります。
しかし、自らの巧みな話術と、手下の悪魔たちと仕掛けた小細工によって、まんまとファウストの魂を騙し取ることに成功したと嘲笑っていたはずのメフィストフェレスは、
今度は彼自身が、ファウストの魂を引き上げようと天界から降りてきた天使たちの姿に心を惑わされることによって、彼の魂を奪い損ねてしまうことになります。
そして、天空を舞う至高の天使たちは、悪魔のもとから救い出したファウストの魂をその胸のうちにいだきながら、彼の魂が救済され、その心が天上へと高く掲げられていくことを解き明かす人間の魂の救済の歌を歌い始めることになるのです。
ファウストの昇天の際に天使たちが語る魂の救済の歌のドイツ語原文
『ファウスト』第二部の終章にあたる「山峡、森、岩、荒涼の地(Bergschluchten Wald, Fels, Einöde、ベルクシュルフテン・ヴァルトゥ・フェルス・アインエーデ)」の章では、
ファウストの魂を悪魔メフィストフェレスのもとから奪い去り、彼の魂を救済し、天空へと引き上げていく至高の天使たちが、
「努力し続ける者は救いを得る」と語る人間の魂の救済の歌を歌い始める場面が描かれていきます。
そして、こうした場面は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。
・・・
Engel:
(schwebend in der höhern Atmosphäre, Faustens Unsterbliches tragend.)
Gerettet ist das edle Glied
Der Geisterwelt vom Bösen,
»Wer immer strebend sich bemüht
Den können wir erlösen.«
Und hat an ihm die Liebe gar
Von oben Teil genommen,
Begegnet ihm die selige Schar
Mit herzlichem Willkommen.…
Die vollendeteren Engel:
Uns bleibt ein Erdenrest
Zu tragen peinlich,
Und wär er von Asbest,
Er ist nicht reinlich.
Wenn starke Geisteskraft
Die Elemente
An sich herangerafft,
Kein Engel trennte
Geeinte Zwienatur
Der innigen beiden,
Die ewige Liebe nur
Vermag’s zu scheiden.
天使たちが語る魂の救済の歌のドイツ語文と日本語文の対訳
そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。
※ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、
日本語の訳文を書いた後の※印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。
また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。
・・・
Engel(エンゲル、天使たち):
(schwebend in der höhern Atmosphäre, Faustens Unsterbliches tragend.):
(シュヴェーベントゥ・イン・デア・へーアーン・アトモスフェーレ・ファウステンス・ウンシュテルプリヒェス・トラーゲントゥ)
ファウストの不滅なる魂をいだき上げながらいと高き天空を舞う。
Gerettet ist das edle Glied
(ゲレッテトゥ・イストゥ・ダス・エードレ・グリートゥ)
Der Geisterwelt vom Bösen,
(デア・ガイスターヴェルトゥ・フォム・ベーゼン)
我々の高潔なる仲間が
悪しき霊のもとから救い上げられたのだ。
※Geisterwelt=Geisterreich(霊界、冥界)
»Wer immer strebend sich bemüht
(ヴェーア・インマー・シュトレーベン・ズィヒ・ベミュートゥ)
Den können wir erlösen.«
(デン・ケンネン・ヴィーア・エアレーゼン)
絶えず向上し、努力し続ける者は、
救いを得ることができる。
Und hat an ihm die Liebe gar
(ウントゥ・ハットゥ・アン・イーム・ディー・リーベ・ガール)
Von oben Teil genommen,
(フォン・オーベン・タイル・ゲノンメン)
そのうえ、この者には、天上のいと高きところ注がれる愛までもが備わっている。
Begegnet ihm die selige Schar
(ベゲーグネトゥ・イーム・ディー・ゼーリゲ・シャール)
Mit herzlichem Willkommen.…
(ミットゥ・ヘルツリヒェム・ヴィルコンメン)
それゆえ、この者は、祝福された者たちからの心からの歓迎のうちに、
天上へと引き上げられていくことになるのだ。
Die vollendeteren Engel:
(ディー・フォルエンデテレン・エンゲル、至高なる天使たち)
※vollendet:完成された、完璧な。
Uns bleibt ein Erdenrest
(ウンス・ブライプトゥ・アイン・エーアデンレストゥ)
Zu tragen peinlich,
(ツー・トラーゲン・パインリヒ)
地上に残されたものを天上へと運び上げるのは、
我々にはたいへん骨が折れることなのだ。
※Erdenrest:Erde(地上)+Rest(残り、名残)
Und wär er von Asbest,
(ウントゥ・ヴェーア・エア・フォン・アスベストゥ)
Er ist nicht reinlich.
(エア・イストゥ・ニヒトゥ・ラインリヒ)
地上にあるものは、それがたとえ炎を寄せつけぬ石綿でできていたとしても、
決して清浄なものだとは言えない。
Wenn starke Geisteskraft
(ヴェン・シュタルケ・ガイステスクラフトゥ)
Die Elemente
(ディー・エレメンテ)
An sich herangerafft,
(アン・ズィヒ・ヘランゲラフトゥ)
強大な霊の力によって、あらゆる要素が固く結び付けられている限り、
※an sich:それ自体、それ自身。
※heranraffen=heran(こちらへ)+raffen(つかみ取る、束ねる、かき集める)
Kein Engel trennte
(カイン・エンゲル・トレンテ)
Geeinte Zwienatur
(ゲアインテ・ツヴィーナトゥーア)
Der innigen beiden,
(デア・インニゲン・バイデン)
いかなる天使の力をもってしても、
人間の二つの本性の解きがたき結合を分かつことなどできはしない。
※geeint:einen(統一する)の過去分詞形。
※Zwienatur:zwie-(二重の)+Natur(自然、本性)
※innigen:密接した、解きがたい。
Die ewige Liebe nur
(ディー・エーヴィゲ・リーベ・ヌア)
Vermag’s zu scheiden.
(フェアマークス・ツー・シャイデン)
ただ永遠なる愛の力だけが、
精神を肉体からきれいに引き離すことができるのだ。
※vermag’s:vermag esの短縮形。
ファウストの昇天の際に天使たちが語る魂の救済の歌の全文和訳
そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、改めて該当箇所の全文和訳を記す形でまとめ直すと以下のようになります。
・・・
天使たち:
(ファウストの不滅なる魂をいだき上げながらいと高き天空を舞う。)
我々の高潔なる仲間が
悪しき霊のもとから救い上げられたのだ。
「絶えず向上し、努力し続ける者は、
救いを得ることができる。」
そのうえ、この者には、
天上のいと高きところ注がれる愛までもが備わっている。
それゆえ、この者は、祝福された者たちからの心からの歓迎のうちに、
天上へと引き上げられていくことになるのだ。
至高なる天使たち:
地上に残されたものを天上へと運び上げるのは、
我々にはたいへん骨が折れることなのだ。
地上にあるものは、それがたとえ炎を寄せつけぬ石綿でできていたとしても、
決して清浄なものだとは言えない。
強大な霊の力によって、あらゆる要素が固く結び付けられている限り、
いかなる天使の力をもってしても、
人間の二つの本性の解きがたき結合を分かつことなどできはしない。
ただ永遠なる愛の力だけが、
精神を肉体からきれいに引き離すことができるのだ。
・・・
以上のように、
ファウストの死後、彼の魂は、悪魔との契約をも超えたところにある永遠なる愛の力によって救済され、天上へと引き上げられいくことになります。
ここで天使たちが語っている「永遠なる愛の力」とは、
直接的には、神からすべての人間へと与えられる無償の愛、そして、すでに救いを受けて天上の世界からファウストを見守っている最愛の人マルガレーテ(グレートヘン)からもたらされる愛のまなざしを意味すると考えられることになりますが、
今回取り上げた天使たちの歌の前段で、「人間は努力し続ける限り救いを得ることができる」と語られているように、
それは同時に、ファウスト自身が自らの運命と人生を愛し、それをより善く美しいものへと向上させていくという努力と向上の意志としての愛の力のことを意味しているとも考えられることになります。
そして、こうした永遠なる愛の力によってファウストに対する魂の救済がもたらされたのち、物語は、精霊たちが歌う神秘の合唱を通じた歓喜のうちにその壮大な幕切れを迎えることになるのです。
・・・
次回記事:「過ぎ去るものは映像に過ぎず」ファウスト終幕の神秘の合唱の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳と解釈⑰
前回記事:「過ぎ去るのと無いのとは同じこと」悪魔メフィストフェレスが語る究極のニヒリズム、『ファウスト』の和訳と解釈⑮
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