生物の恒常性と鉱物の恒常性の違いとは?フライパンと形状記憶合金、生命とは何か?④
恒常性(ホメオスタシス、homeostasis)についての一般的な辞書における定義は、
例えば、
『大辞泉』では、「生物の生理状態などが一定するように調節される性質」
『広辞苑』第二版では、「生物体の体内諸器官が、外部環境の変化に応じて統一的・合目的的に働き、体内環境をある範囲に保っている状態」と書かれています。
このように、
基本的に、恒常性という概念は、自分自身の内部環境を一定の状態に保とうとする
生体機能のことを意味する生物学的な概念であると考えられることになります。
しかし、その一方で、
2017年1月7日現在の『ウィキペディア』の「恒常性」の項目の冒頭の説明部分では、「生物および鉱物において、その内部環境を一定の状態に保ちつづけようとする傾向」という説明がなされているように、
恒常性という概念をより抽象化して、それを単に、物の状態が一定に保たれるように維持されたり、元の状態への復元がなされたりするあり方として理解すると、
それは、生物だけではなく、鉱物などの無生物においても幅広く適用することが可能な概念であると解釈することも、一応は可能であると考えられることになります。
それでは、一般的な生物学における概念としての生物の恒常性に対して、上記の拡張された定義における鉱物の恒常性とは具体的にどのような現象のことを指し示す概念であり、両者の概念にはどのような違いがあると考えられることになるのでしょうか?
鉱物における恒常性の例、フライパンと形状記憶合金
まず、鉱物などの無機物におけるどのような性質について、生物における恒常性に類似するような働きを見いだすことができるのか?ということですが、
例えば、同じ無機物の中でも、単一の金属元素から構成される鉱物である銅や鉄などの金属は、より安定性が高い結晶構造しています。
そして、
こうした鉄や銅などの金属を材料にして作られている物、例えばフライパンなどの調理器具は、衝撃や熱などに対する耐久性の点で安定性の高い物体であるとみなされることになります。
例えば、
フライパンでハンバーグを焼く時、コンロの火で熱せられたフライパンの上に乗せられた丸められた挽き肉は、その熱によって徐々にタンパク質が変性し、粘り気のある柔らかい生肉から、一つの小判状のまとまりへと固まったハンバーグへと変化し、その表面には焦げ目も付いて炭化していくことになりますが、
それに対して、
直接火にかけられている鉄製のフライパン自体は、一般家庭のガスコンロ程度の火力ではビクともせず、ハンバーグを焼くのに使った使用前と使用後では、ほとんど全くその形状や質感に変化は見られないということになります。
そして、この場合、
鉄製のフライパンは、その上に乗せられた挽き肉に比べて熱などの外部からの力に対する耐久力が非常に強く、
そういう意味では、フライパンは、挽き肉に比べて自分自身の状態を一定に保つ力が強いという意味で恒常性の高い物体であると捉えることも一応は可能であると考えられることになるのです。
よりわかりやすい例で言うならば、
例えば、形状記憶合金などの特殊な金属の場合は、いったん外部からの力による変形を受けても、一定の温度以上に加熱することによって、その形状が元の状態へと復元されていくことになりますが、
こうした外部からの力による変形からの自分自身の元の構造への復元という現象は、生物における恒常性の概念に極めて近い現象であると考えられることになります。
このように、
肉や野菜、木材や一般的なプラスチックといった他の物体や物質に比べて、金属などの鉱物は熱や衝撃などの外部の力による変化を受けにくく、たとえ変化を受けた場合でも元の状態へと復元されやすいという性質があり、
そういう意味では、金属などの鉱物は他の一般的な物質に比べて、より恒常性の高い物質であるとみなすこともできると考えられることになるのです。
生物の恒常性と鉱物の恒常性の違い
以上のように、
恒常性という概念を生物学における定義からさらに拡張して、単に、物の状態が一定に保たれるあり方や、変化が加えられた後に元の状態への復元がなされるあり方として解釈すると、
それは、金属などの無生物にも幅広く適用することが可能な概念であると考えられることになります。
しかし、その一方で、
こうした鉱物などにみられる恒常性の現象は、生物における恒常性の機能と必ずしもまったく同じ働きをしているというわけではなく、
生物の恒常性と鉱物の恒常性という両者の恒常性のあり方には、その本質において大きな違いがあると考えられることになります。
生物の場合、自らの体内環境を一定の状態に保とうとする恒常性の機能は、その生物自身に内在する意思や本能さらには遺伝子に基づいて細胞レベルで組み込まれている生体システムによって、その生物の生命を維持するという目的のために能動的に維持されていくことなります。
しかし、それに対して、
フライパンや形状記憶合金のような単なる金属や鉱物の場合には、生物のときのように、金属や鉱物自身に意思や本能、あるいは生体システムに対応するような一定の目的へと向けられた能動的なシステムが内在しているわけではなく、
その物体としての形状が一定の状態に保たれるという意味での恒常性は、いわば、単なる物質の性質として受動的に維持されているだけに過ぎません。
つまり、
生物の恒常性においては、生物自身の内部環境を一定の状態に保つことによって自らの生命を維持しようとする明確な目的に向かって能動的かつ合目的的に恒常性が維持されていくのに対して、
鉱物の恒常性においては、自らの物質としての性質に従って、受動的かつ無目的なあり方で恒常性が維持されているに過ぎないという点に両者の概念の大きな違いがあると考えられることになるのです。
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次回記事:人間の心における恒常性とは何か?①心の恒常性の破綻としての神経症と身体の恒常性の破綻としての病気
このシリーズの次回記事:生物における成長と進化の概念と恒常性の原理との関係、生命とは何か?⑤
前回記事:自然現象には存在しない合目的的で必然的な生命に特有の二つの定義とは?、生命とは何か?③
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