人間の心における恒常性とは何か?①心の恒常性の破綻としての神経症と身体の恒常性の破綻としての病気
前回書いたように、
生物における恒常性の本質は、単に、物体や物質としての状態が一定に保たれるという静的で受動的でな意味での恒常性にあるわけではなく、
それは、生物自身が自らの生命を維持するために必要な体内環境の最適なバランスを保つように積極的に働きかけていくという合目的的かつ能動的な恒常性であると考えられることになります。
そして、
こうした生物における恒常性の概念は、人間の精神面を扱う心理学の部門へも拡張していくことが可能な概念であると考えられることになるのですが、
人間の心や精神における恒常性の場合には、生物における恒常性のあり方の能動的で自発的なあり方がより強調された形で展開されていくことになります。
人間の心における恒常性とは何か?
人間の心における恒常性とは、簡単に言えば、
人間の精神面において、その人にとって通常の精神活動や他者とのコミュニケーションが営まれているあり方のことを意味すると考えられることになります。
例えば、
一般的な人物の場合、朝起きてから職場へと向かい、仕事を始めると少し緊張した精神状態となり、一日の仕事が終わるとリラックスして、休みの日には趣味や娯楽を楽しむというような形で一定の精神活動のサイクルが営まれることになりますし、
人とのコミュニケーションにおいても、一般的な常識ある人物の場合には、道で近所の人から挨拶をされれば、こちらも挨拶を返し、その人が快活な性質の人物であるとするならば、友人と出会えば常に明るく話しかけてきて冗談を飛ばすというように、
特定の関係にある相手から向けられた一定の応対に対しては、常にほぼ一定の傾向を持った対応が返されることになります。
もちろん、必ずしも互いに挨拶を交わし、明るく会話し合うことだけが適切な恒常性のあり方であるというわけではなく、
例えば、その人が頑固で気難しいところのある短気な人物で、自分が他の考え事をしている時には、誰から挨拶されても常に無視してしまい、友人との会話でも、少しでも気に入らないところがあると烈火のごとく怒り出すような人物であるとするならば、
その対応が道徳的に善いか悪いかという問題は別にして、それがその人自身の基準における恒常性が維持されている状態ということになります。
つまり、
人間の心における恒常性とは、当人の日常生活において、その人自身の固有のリズムに基づいて一定の精神活動のサイクルが営まれている状態や、コミュニケーションにおいて、その人自身にとって適切なバランスのとれた受け答えができている状態のことを指す概念であり、
それは、より日常的な言葉でいうならば、習慣や人格といった概念に極めて近いあり方をしている概念であると考えられることになるのです。
身体の恒常性の破綻としての病気と心の恒常性の破綻としての神経症
そして、
上記のような、その人にとって固有の習慣や人格のあり方が維持されている状態が人間の心の恒常性が維持されている状態であるとするならば、
その対極にある心の恒常性が破綻しつつある状態とは、そうした日常的な習慣のサイクルに無理が生じて異常をきたし、その人自身の心にリズムの乱れが生じてしまっている状態であると考えられることになります。
こうした人間における恒常性の破綻については、それが身体の恒常性の破綻である場合には、怪我や病気などの形で表面に現れることになりますが、
それに対して、心の恒常性の破綻の場合には、それによってうつ病や神経症、あるいは後天的な精神疾患などがもたらされることになると考えられることになります。
その人自身の心の固有のリズムに十分に従った範囲で日常生活や精神活動のサイクルが営まれている限りにおいては、人間の心の恒常性は維持され、心身の健康状態も良好な状態に保たれていくと考えられることになるのですが、
その人の心に、そうした当人に固有の精神活動の拍動を一気に止めてしまうような強い衝撃が与えられてしまった場合や、心のリズムを搔き乱してしまうような強いストレスが長期間にわたって加え続けられた場合には、
人間の心は、無意識も含めた自分自身の心の内部領域に対する統制力を失って、恒常性の維持に支障をきたすようになり、
それが精神活動自体の異常として現れた場合には、うつ病や精神疾患などへとつながり、
心と身体とをつなぐ連携機能の異常として現れた場合には、呼吸や脈拍の乱れや自律神経の乱れなどを伴う神経症として症状が表に現れてくることになるのです。
そして、
身体ないし精神面での恒常性の破綻が修復が不可能なほどに重度のものとなると、こうした人間における恒常性の崩壊は、最終的には、
身体の恒常性の崩壊の場合には、体内の諸器官の機能停止によって肉体の死がもたらされることになり、
精神の恒常性の崩壊場合には、人間としての心の機能が完全に停止して廃人となってしまうか、自殺によってその存在自体の終焉を迎えてしまうことになるのです。
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以上のように、
人間の心の恒常性は、基本的には、自らの心の固有のリズムに従って、その人に固有の精神活動のサイクルや人格のあり方が保たれることによって維持されていくものであり、
その人の心の固有のリズムが長期的に乱されていくと、徐々に心の恒常性に破綻をきたしてしまうことになり、それは精神活動自体の異常としての精神疾患や、心と身体との間の連携不全によって生じる神経症などの形で表面に表れてくることになると考えられることになります。
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そして、
人間の心の恒常性がこうした当人の心の固有のリズムに基づいて維持されるものである以上、
それは一見すると、完全に生得的なものであり、その人に固有の精神状態のバランスや人格のあり方は、永久に変えることができない不変的なものであるようにも思えることになるのですが、
次回考察するように、それは必ずしも不変的なものではないと考えられることになるのです。
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次回記事:行動の習慣化に基づく人間の心の恒常性の柔軟で自発的な変化のバランス、人間の心における恒常性とは何か?②
前回記事:生物の恒常性と鉱物の恒常性の違いとは?フライパンと形状記憶合金、生命とは何か?④
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