四体液説に基づく四つの性質類型とクレッチマーの三つの気質類型、四体液説と四元素④
古代ギリシアの哲学思想であった四元素説に基づいて唱えられた医学理論である
四体液説においては、
血液、黒胆汁、黄胆汁、粘液という四つの体液の
相互の勢力の拮抗と調和によって心身の健康が保たれているとされることを
明らかにしてきましたが、
こうした四体液説における体液のバランス理論は、
人間の身体における健康状態だけではなく、体質や体型、性格といった
心の状態や性格傾向にまで広く適用されていくことになります。
四体液説と四元素説に基づく四つの性質類型
四体液説における体質、体型、性格といった
人間の性質分類においては、
個人個人の体内における四体液の通常のバランス状態において
最も強い勢力を有している体液に応じて、
多血質と黄胆汁質と黒胆汁質と粘液質という
四つの性質グループに分類され、
それぞれの性質タイプに応じて、特徴的な体質や体型、
性格の傾向などが現れるとされることになります。
そして、
四体液説と四元素説に基づく体質や性格の分類は、
おおよそ以下の表のような関係として捉えられることになります。
四体液説と四元素説に基づく四つの性質類型 | |||||
四体液 | 四元素 | 体質 | 体型 | 性格 | |
多血質 | 空気 | 健康的 | 固太り | 社交的、楽天的 | |
黄胆汁質 | 火 | 代謝亢進 | 細身で筋肉質 | 熱血、短気 | |
黒胆汁質 | 土 | 病弱 | 痩せ型 | 思索的、神経質 | |
粘液質 | 水 | 代謝低下 | 肥満 | 温厚、臆病 |
多血質は四体液の中で最も重要な位置を占めている
血液が主となる勢力の座を占めている体質なので、
四体液のバランスを最も維持しやすい健康的な体質とされ、
長命を得やすい体質であるとされることになります。
しかし、
生命力の最たる源である血液が主体となる体質であるとはいっても、
四体液説における体液のバランス理論に従えば、
その勢力が強すぎれば、弊害が出てくると考えられることになり、
例えば、
血液の過多からは、鼻血や頭痛、さらには高血圧などの症状が
引き起こされるとも考えられることになります。
したがって、
最も健康的な状態を維持しやすい恵まれた体質である多血質の人も
その性質が過剰とならないために、
血液の対極に位置する黒胆汁とのバランスをとることによって、
血液の過多がもたらす過剰な生命力の発露を適度に制限することによって
適切な心身のバランスを保つことが必要となります。
そして、
多血質の対極にあたる黒胆汁質は、
四体液説にもとづく四つの性質の中でも最も健康の維持が難しく、
体液のバランスが少しでも崩れるとすぐに病気となり、病状も重症化しやすい
病弱な体質ということになります。
また、
こうした四体液説における黒胆汁の性質は、
四元素説における熱冷乾湿の四性質の対応関係においては、
冷と乾という二つの基本性質に由来する性質であると考えられるので、
黒胆汁の性質に基づく病弱な体質を補い改善するためには、
例えば、身体を温める食べ物や暖かい服装、十分な入浴や保湿を心がけるというように、その対極に位置する熱と湿の性質に属する食べ物や生活習慣を多く取り入れることが有効であると考えられることになります。
その一方で、
黄胆汁質と粘液質は、互いに対立する性質として、それぞれ
活動過剰、休息過剰の状態にあると考えられので、
両者の体質のそれぞれに欠如している部分を補えば、
比較的健康を維持しやすくなると考えられることになります。
つまり、
活動力が旺盛な反面、体力消耗に陥りがちな黄胆汁質は
休息をこまめにとることを意識し、
その反対に、リラックスし過ぎて運動不足に陥りがちな粘液質の人は、
日々の運動習慣を心がけて、散歩やスポーツなどの運動を毎日少しでも取り入れていくことで心身全体のバランスが整い、徐々に調子が良くなっていくと考えられることになるということです。
クレッチマーの気質類型と四体液説における性質分類の類似点
以上のように、
四体液説における体液のバランス理論に従うと、
個人個人のそれぞれにおいて主勢力となる体液の性質に基づいて、
体質と体型と性格といった人間の心身を構成する一連の要素が
一つ一つのグループを形成していく形で
互いに結びつけて捉えられていくことになるのですが、
こうした四体液説に基づく人間の性質分類は、遠く時代を隔てた現代の精神医学における
クレッチマーの気質類型の概念などにも通底する考えとなっていると
捉えることもできます。
クレッチマーの気質類型とは、20世紀初めのドイツの精神科医である
エルンスト・クレッチマー(Ernst Kretschmer)が考案した
気質分類の概念で、
下図に示したように、
人間における体型と気質の関係の傾向性が
三つの気質分類として示されています。
クレッチマーの三つの気質類型 | |||
体型 | 気質 | ||
筋骨型 | 粘着気質、熱血、頑固、几帳面、短気 | ||
痩せ型 | 分裂気質、冷静、控えめ、生真面目 | ||
肥満型 | 躁うつ気質、温厚、親切、社交的 |
上記の表と前掲した四体液説に基づく四つの性格類型の表とを
比べてみると分かる通り、
クレッチマーの気質類型は、
四体液説に基づく性質類型の内の多血質と黄胆汁質を一つのグループに併せることによって三つの性質類型へと統合し直したものから
体型と性格との関係のみを抽出したものに極めて近い関係にある分類体系であると考えられることになります。
つまり、
四体液説の性格類型における多血質と黄胆汁質は
クレッチマーの気質類型における筋骨型に対応し、
四体液説の黒胆汁質はクレッチマーの痩せ型に、粘液質は肥満型に
それぞれ対応していると捉えることができるということです。
・・・
以上のように、
四体液説と四元素説に基づく人間の性質分類においては、
血液、黒胆汁、黄胆汁、粘液という四つの体液の
相互の勢力の拮抗と調和という四体液のバランス理論に基づいて、
個人の体質や体型から性格傾向までもが全体として一つに結びつけられ、
それぞれの性質同士が幅広く関連づけられていると考えられることになります。
そして、
こうした四体液説における四体液のバランス理論に基づく
全体論(holism、ホーリズム)的な視点からの性質分類の考え方は、
クレッチマーの気質分類の一つの原型となっているとも考えられるように、
古代ギリシアにおいて確立された四体液説の思想は、
哲学思想と医学理論が一つに融合した幅広い解釈の広がりと深さを持った思想であったと捉えることができるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:細胞説の発展による全体論的な医学理論の衰退と四体液理論の再解釈、四体液説と四元素③
このシリーズの初回記事:四体液説における熱冷乾湿の対応関係とホメオスタシス、四体液説と四元素①
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