愛のために戦う古代ギリシア最強の部隊である神聖隊のテーバイ軍での活躍と古代ギリシア語におけるヒエロス・ロコスの意味
前回書いたように、紀元前371年に起きたテーバイを盟主とするボイオティア同盟軍とスパルタを盟主とするペロポネソス同盟軍の戦いであるレウクトラの戦いでは、
戦術面においてはテーバイの名将であり天才的な戦術家であったエパミノンダスによって編み出された斜線陣と呼ばれる重装歩兵の軍団における革新的な密集陣形の展開が行われることによってテーバイ軍の勝利が導かれることになったと考えられることになります。
そしてその一方で、こうしたレウクトラの戦いにおいては、そうしたエパミノンダスによる斜線陣の導入という戦術面の革新のほかに、
神聖隊と呼ばれるテーバイ軍の精鋭部隊の活躍がスパルタ軍に対するテーバイ軍の圧倒的な勝利に大きく貢献していくことになったと考えられることになるのです。
古代ギリシア語におけるヒエロス・ロコスの意味
古代ギリシア語においてはヒエロス・ロコス(Ἱερὸς Λόχος)と呼ばれることになる神聖隊と呼ばれる部隊は、
紀元前378年ごろに、テーバイの伝説的な将軍であったゴルギダスによって創設された少数の集団からなる精鋭歩兵部隊のことを意味することになります。
そして、こうしたテーバイの精鋭部隊のことを意味するヒエロス・ロコスという言葉は、
古代ギリシア語において「聖なる」「神聖な」といった意味を表す形容詞であるヒエロス(ἱερός)という形容詞と、
古代ギリシアにおける重装歩兵の密集隊形にあたる「ファランクスの部隊」のことを意味するロコス(ἱερός)という名詞が結びついてできた言葉であり、
こうしたヒエロス・ロコス、すなわち、神聖隊と呼ばれるテーバイの精鋭部隊は、その名の通り、神聖なる力、さらに言えば、神聖なる愛の力によって兵士同士が互いに強く結びつけられることによって戦場において大いなる力を発揮していくことになったと考えられることになるのです。
愛のために戦う古代ギリシア最強の部隊としてのテーバイの神聖隊
古代ギリシアにおいては、男女の恋愛と同様に、男同士が愛し合う同性愛も広く認められていたと考えられているのですが、
テーバイにおける神聖隊と呼ばれる精鋭部隊においても、広い意味では、そうした古代ギリシアの同性愛としての愛の形に近い兵士同士の単なる信頼や友愛を超えた神聖なる愛の感情を源泉として部隊における強い結束がもたらされていたと考えられることになります。
具体的には、こうしたテーバイの神聖隊は、
古代ギリシア語において「愛する者」ことを意味するエラステス(ἐραστής)と、「愛される者」ことを意味するエロメノス(ἐρώμενος)と呼ばれる二人で一組となる兵士たちの組によって構成されていて、
合わせて150組のエラステスとエロメノスの対によって構成される全部で300人の重装歩兵によって部隊が形づくられていたと考えられることになります。
そして、こうした神聖隊の戦いにおいては、戦場において互いに自分が愛する者そして自分を愛する者の前で、それぞれの愛に値するより優れた姿を見せたいという思いから、通常の兵士たちよりもよりいっそう勇猛に激しく戦うことになり、
もしも戦闘において、不運にも自らの片割れとなる戦士が敵の手にかかって命を落とすことになると、残された戦士は自らの半身を失ったことへの激しい報復の怒りによって我を忘れて鬼神のように戦い続いていくことになったため、
こうした愛のために戦い、愛する者のために自らの身を投げ打ってまで力を尽くしていく神聖なる愛によって結ばれたテーバイの神聖隊は、
幼少期からの徹底的な軍事訓練によって鍛え上げられた最強の陸軍であるスパルタの重装歩兵とはまた別の意味において古代ギリシア世界における最強の軍隊として恐れられていくことになっていったと考えられることになるのです。
ペロピダスが率いる神聖隊のレウクトラの戦いでの活躍
そして、紀元前371年に起きたレウクトラの戦いの時には、この戦いにおいて斜線陣と呼ばれる新たな戦術を導入することになるテーバイの名将であるエパミノンダスの盟友であったペロピダスが神聖隊の将としての地位にあったのですが、
レウクトラの戦いにおいてペロピダスが率いていた神聖隊は、この戦術の要となる開戦直後の敵陣への突撃と前線の突破の役目を担う左翼の軍団の先陣を任されることになります。
そして、いざ戦いがはじまると、ギリシア最強の無敵の陸軍として恐れられていたスパルタの重装歩兵の軍団を前にしても、互いの力を深く信じ合う神聖なる愛の力によって結ばれたテーバイの神聖隊の部隊は臆することなく猛然と敵部隊へと突撃していくことになり、
こうしたペロピダス率いる神聖隊の神聖なる愛の力を源泉とする情熱的な突撃によって、エパミノンダスの斜線陣の計略の通りにスパルタ軍の前線は撃破されることになり、
前線を突破したのちにさらに敵軍の背後へと回り込んで苛烈に殺戮を続けていく神聖隊の脅威と斜線陣の破壊力の前に、スパルタの軍勢は壊走を余儀なくされることになります。
このように、紀元前371年に起きたレウクトラの戦いにおいては、天才的な戦術家であったエパミノンダスの知性によって紡ぎ出された斜線陣と呼ばれる革新的な戦術と、
愛する者としてのエラステスと愛される者としてのエロメノスとの神聖なる愛の結合によって生み出されるペロピダス率いる神聖隊の情熱的な結束力という二つの要素が合わさることによって、
スパルタ軍に対するテーバイ軍の輝かしい勝利がもたらされることになったと考えられることになるのです。