お盆の期間はいつからいつまでなのか?江戸時代から明治の改暦へと続く日本国内におけるお盆の時期の歴史的な変遷

お盆休みというと、現代の日本においては、通常の場合、815日を中心とする前後数日ほどの夏の休暇の期間のことを意味することになるように、

こうした夏休みの時期まとまった休暇の期間をとって、祖先の霊や死者の魂の供養を行うために、墓参りをしたり盆踊りを行ったりすることで有名なお盆の期間は、

現代の日本においては、通常の場合、新暦における815を中心とする期間のことを意味することが多いと考えられることになります。

しかし、その一方で、

こうしたお盆と呼ばれる祖先の霊を祀る一連の行事が執り行われる暦の期間は、この行事の歴史的な成り立ちに基づいて考えていくと、

日本国内においては、互いに時期の異なる全部で三通りの期間として位置づけられていくことになると考えられることになります。

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江戸時代以前のお盆の時期と夏の暑さが終わりを迎えていく時期としての旧暦の7月の位置づけ

もともと、

江戸時代以前の日本においては、こうしたお盆と呼ばれる祖先の霊を祀る一連の行事が執り行われる期間は、

中国の道教に由来する年中行事にあたる三元のうちの一つとしても位置づけられている中元節にもあたる旧暦の715にあたる日に行われていたと考えられることになるのですが、

月の運行のあり方を基準として一月の期間が定められていた太陰太陽暦に基づく暦のあり方であった旧暦においては、太陽暦に基づく現代の暦のあり方である新暦との間に平均して一か月くらいの日付のずれが生じていってしまうことになると考えられ、

具体的には、そうした旧暦の715にあたる日は、新暦の日付においては88日から97までのいずれかの日にあたる日として位置づけられることになると考えられることになります。

そして、

こうした江戸時代以前の日本においてお盆が行われていた月にあたる旧暦の7というのは、

二十四節気と呼ばれる太陽の運行のあり方を基準とした日本や中国古来暦の区分のあり方においては、処暑(しょしょ)と呼ばれる節気を含む月として位置づけられていて、

こうした二十四節気の暦の区分において、処暑とは、暑気が止息して暑さが落ち着きはじめる時期のことを意味する言葉として定義されることになるように、

こうした江戸時代以前の日本におけるお盆の時期にあたる旧暦の7は、夏の暑さが終わりを迎えていく時期としても位置づけられていたと考えられることになるのです。

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明治の改暦に基づく新しいお盆の時期の制定と月遅れの盆として現代におけるお盆の時期の定着

そして、それから時代が進んで、日本において江戸時代が終わり、明治維新を迎えていくことになると、

明治の改暦と呼ばれる1872年の改暦において、それまでの太陰太陽暦に基づく旧暦が廃止されて、新たに太陽暦に基づく暦のあり方であるグレゴリオ暦のことを意味する新暦が日本国内における正式な暦のあり方として採用されることになり、

それに伴って、

それまで旧暦の715において行われていたお盆の行事の時期についても、そのままグレゴリオ暦の同じ日付にあたる新暦の715として新たに位置づけ直されていくことになります。

しかし、前述したように、

こうした旧暦新暦の間では、平均して一か月くらいの日付のずれが生じていってしまうことになり、

旧暦の715は、だいたい夏の暑さが終わりを迎えていく時期に位置づけられていたのに対して、

新暦の715は暑さの終わりというよりは、むしろ、これから暑さがピークを迎えていくことになる夏の真っ盛りの時期となるように、

それまでの季節の実感とは大きく異なる時期に新たなお盆の時期が位置づけられてしまうことになってしまったうえに、

こうした新暦の715の前後の時期は、九州や四国や中国地方などの比較的温暖な地域においてはちょうど梅雨明けの時期を迎えて、畑の手入れに精を出していくことが必要な一時的な農繁期にあたる時期とも重なってしまうこともあって、

全国的にこうした新暦の715の時期にお盆の期間をもうけるのには大きな支障をきたしていってしまうことになります。

そして、こうした一連の経緯から、

東京などの都市部の地域や、東北北陸地方の一部などといった、こうした新暦の715にあたる新しいお盆の時期が農繁期と重ならない地域においては、

当初は、そのまま政府によって定められた通りの新暦の715日の時期お盆の行事が行われていくことになっていったと考えられることになるのですが、

その一方で、

それ以外の日本国内の大部分の地域においては、こうした明治時代になって新しく定められたお盆の期間にあたる新暦の715からちょうど一か月遅れた新暦の815月遅れの盆として位置づけられたうえで、

こうした月遅れの盆として新暦の815を中心とする時期に、それまでの旧暦の715に行われていたお盆の行事が引き続き行われていくことによって、

現代の日本における新暦における815を中心とする期間とするお盆の時期が定着していくことになっていったと考えられることになるのです。

・・・・

そして、以上のように、

江戸時代以前の日本において用いられてきて、現代でも沖縄や奄美地方などの一部の地域においては引き続き用いられている旧盆と呼ばれるお盆の期間としては、

旧暦の715にあたる新暦の日付においては88日から97までのいずれかの日にあたる日を中心とする期間がお盆として位置づけられることになるのに対して、

明治の改暦において新たに制定され、東京などの都市部の地域や、東北北陸地方の一部などの地域において広まった新たなお盆の期間としては、新暦の715を中心とする期間がお盆として位置づけられることになり、

現代の日本における大部分の地域において広く採用されている月遅れの盆の期間としては、新暦の815を中心とする期間がお盆として位置づけられることになっていったと考えられることになります。

そして、そういった意味では、

現代の日本国内においては、こうしたお盆と呼ばれる祖先の霊を祀る一連の行事が執り行われる暦の期間

旧暦の715新暦の日付では88日から97までのいずれかの日)を中心とする前後数日ほどの期間、

新暦の715を中心とする前後数日ほどの期間、具体的には、だいたい713日から716ごろまでの期間、

新暦の815を中心とする前後数日ほどの期間、具体的には、だいたい813日から816ごろまでの期間

がこうした現代の日本における三通りのお盆の期間として位置づけられることになると考えられることになるのです。

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次回記事:お盆の由来とは?①サンスクリット語とゾロアスター教と仏教の経典の記述に基づく三つの解釈

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