キリスト教で40日と40年が聖なる期間とされる理由とは?旧約聖書と新約聖書において繰り返し現れる40という神聖な数字
旧約聖書においては神による天地創造は7日間のうちになされたと書き記されていて、新約聖書においてはイエスは十字架の死から3日目に復活したとされているように、
キリスト教の聖典にあたる旧約聖書や新約聖書の記述においては、3や7といった数字がそうしたキリストの死から復活や神による天地創造といった神聖なる出来事を象徴する聖なる数として位置づけられていると考えられることになります。
そして、
そうした旧約聖書や新約聖書において書き記されている神聖な期間のことを表す聖なる数としては、そのほかにも、40日や40年といった40という数の存在も挙げられることになります。
旧約聖書のノアの箱舟とモーセの十戒における40日と40年という期間の特別な意味
そうすると、まず、
こうした40という数が聖書のなかの重要な出来事を象徴する数としてはじめて登場する箇所としては、
旧約聖書の最初の書である創世記におけるノアの箱舟に関する出来事が語られている以下のような記述のうちに、そうした40という聖なる数が登場していくことになると考えられることになります。
・・・
主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。
あなたは清い動物をすべて七つがいずつ取り、また、清くない動物をすべて一つがいずつ取りなさい。空の鳥も七つがい取りなさい。全地の面に子孫が生き続けるように。
七日の後、わたしは四十日四十夜地上に雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面からぬぐい去ることにした。」
(旧約聖書「創世記」7章1節~4節)
・・・
つまり、上記の旧約聖書の創世記における記述においては、
人間の堕落した行いを罰するために、大洪水を起こして人類を滅ぼしてしまうことにした神は、そうした世界を滅ぼす大洪水から自分と家族の身を守るために大きな箱舟をつくるように悪しき世界のうちに残された唯一の心正しき人であったノアに警告したのちに、
神による天地創造の時と同じ7日間の後に、40日間にわたって大量の雨を地上に降り注ぎ続けることによって大洪水を引き起こしていくことになったということが語られていると考えられることになります。
また、そのほかにも、同じ旧約聖書の記述のなかでは、
例えば、
旧約聖書の出エジプト記における預言者モーセによるイスラエルの民のエジプト脱出についての出来事が記されている記述のなかでは、
・・・
モーセがアロンに、「壺を用意し、その中に正味一オメルのマナを入れ、それを主の御前に置き、代々にわたって蓄えておきなさい」と言うと、アロンは、主がモーセに命じられたとおり、それを掟の箱の前に置いて蓄えた。
イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。すなわち、カナン地方の境に到着するまで彼らはこのマナを食べた。
(旧約聖書「出エジプト記」16章33節~35節)
・・・
と書き記されているように、
預言者モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は、40年にもおよぶ長い月日の末に、神との約束の地であるカナンの地、すなわち、現在のパレスチナ地方へとたどり着くことになったと語られていて、
さらに、その後の
・・・
モーセは主と共に四十日四十夜、そこにとどまった。彼はパンも食べず、水も飲まなかった。そして、十の戒めからなる契約の言葉を板に書き記した。
モーセがシナイ山を下ったとき、その手には二枚の掟の板があった。モーセは、山から下ったとき、自分が神と語っている間に、自分の顔の肌が光を放っているのを知らなかった。
(旧約聖書「出エジプト記」34章28節~29節)
・・・
という旧約聖書の出エジプト記における記述においては、
イスラエルの民を率いてエジプト脱出を成し遂げた預言者モーセは、その後、シナイ山へと一人こもって40日間の断食の行を成し遂げていくなかで、神から授かった十戒の言葉を石板へと刻んだうえで、イスラエルの民にその言葉を示していくことになっていったと考えられることになるのです。
新約聖書におけるイエス・キリストの40日間の荒野の修行と神の国の教え
また、その後の新約聖書の記述においても、こうした40という数は繰り返し聖書の記述のなかに現れていて、
例えば、ルカによる福音書においては、
・・・
イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。…
悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
(新約聖書「ルカによる福音書」4章 1節~15節)
・・・
と記されているように、
イエス・キリストが神の教えを人々に語り伝える伝道活動へと入る前に行った荒野での修行と断食の期間は40日間であったとされているほか、
その後の使徒言行録の記述においては、
・・・
イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。
(新約聖書「使徒言行録」1章 3節)
・・・
と記されているように、
十字架の死から復活した後のイエスが、再び天へと昇っていくことになる前に、弟子たちに対して神の国の教えを語り伝えていたとされる期間の長さも40日間であったということが語られていると考えられることになるのです。
・・・
そして、以上のように、
こうした旧約聖書と新約聖書において繰り返し現れていくことになる40という数字については、
旧約聖書において記されている預言者モーセによって率いられたイスラエルの民のエジプト脱出からカナンの地へとたどり着くまでの40年間の放浪の旅や、預言者モーセが神から十戒の言葉を授かる際に行った40日間の断食といった記述、
そして、
新約聖書において記されているイエス・キリストの40日間の荒野での修行と断食の期間や、十字架の死から復活したイエスが弟子たちに神の国の教えを語り伝えた40日間といった記述に基づいて、
こうした40日や40年といった神聖な期間のことを表す40という数が、キリスト教において特に重要な意味を持つ聖なる数の一つとして位置づけられていくようになっていったと考えられることになるのです。
・・・
次回記事:ペンテコステ(五旬節)とは何か?新約聖書における聖霊降臨についての記述と世界宗教としてのキリスト教の誕生
前回記事:キリストの荒野の修行が40日間とされる理由とは?旧約聖書の出エジプト記におけるモーセの十戒との関係
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