ペンテコステ(五旬節)とは何か?新約聖書における聖霊降臨についての記述と世界宗教としてのキリスト教の誕生

ペンテコステ(Pentecosteとは、キリスト教において、

イエス・キリストの十字架の死からの復活を祝う復活祭からキリスト教における暦の数え方において50日後日曜日に祝われることになる聖霊降臨日ことを意味する言葉であり、

こうしたペンテコステと呼ばれるキリスト教の祭日は、日本語では五旬節(ごじゅんせつ)といった言葉でも呼び表されることになります。

それでは、

こうしたペンテコステ五旬節という言葉は、それぞれの言葉自体の意味としては、具体的にどのような意味を持った言葉であると考えられ、

そうしたペンテコステと呼ばれる聖霊降臨日は、キリスト教の聖典にあたる新約聖書の記述においては、具体的にどのような出来事が起こった日として位置づけられていると考えられるのでしょうか?

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古代ギリシア語のペンテコステと日本語の五旬節という言葉自体の由来

そうすると、まず、

こうしたキリスト教における聖霊降臨日ことを意味するPentecoste(ペンテコステ)という言葉は、

もともと古代ギリシア語において50のことを意味していたπεντήκονταpentekonta、ペンテコンタ)という単語に由来する言葉であり、

この日は、ユダヤ教においては、預言者モーセイスラエルの民を率いてエジプト脱出を成し遂げたとされている過ぎ越しの日から数えて50日後にあたる祭りの日とされることになります。

そして、

イエスと弟子たちが生きていた当時のユダヤ人社会においても、そうした過ぎ越しの日から50日後にあたる祭日のさなかに、こうした聖霊降臨と呼ばれる聖なる出来事が起こったとされているため、

こうしたキリスト教における聖霊降臨日ことを意味する言葉として、古代ギリシア語において50のことを意味する単語を語源とするペンテコステ(Pentecosteという言葉が用いられるようになっていったと考えられることになります。

また、

こうしたペンテコステという言葉の日本語の訳語にあたる五旬節(ごじゅんせつ)という言葉についても、

日本語において旬日(じゅんじつ)あるいは一旬(いちじゅん)と呼ばれる期間は、10日間のことを意味する言葉であり、五旬(ごじゅん)とは、すなわち、50日」のことを意味する言葉ということになるので、

そうしたユダヤ教における過ぎ越しの日から50日後にあたる祭日の日に起きた聖霊降臨という聖なる出来事記念して祝う日という意味で、

こうしたペンテコステと呼ばれる聖霊降臨日は、日本語においても五旬節または五旬祭といった言葉で呼び表されることになっていったと考えられることになるのです。

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新約聖書の使徒言行録における聖霊降臨についての記述と世界宗教としてのキリスト教の誕生

それでは、次に、

新約聖書の記述においては、こうしたペンテコステあるいは五旬節と呼ばれるキリスト教における聖霊降臨日には、具体的にどのような出来事が起こったと書き記されているのか?ということについてですが、

それについては、

新約聖書使徒言行録における以下のような記述のうちに、そうしたペンテコステの日に起こった聖霊降臨という聖なる出来事についての詳細な内容が語られていくことになります。

・・・

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。

そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった

すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。…

人々は驚き怪しんで言った。

「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。

わたしたちの中には、パルティアメディアエラムからの者がおり、また、メソポタミアユダヤカパドキアポントスアジアフリギアパンフィリアエジプトキレネに接するリビア地方などに住む者もいる。

また、ローマから来て滞在中の者ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタアラビアから来た者もいるのに、

彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

(新約聖書「使徒言行録」2章1節~11節)

・・・

このように、上記の使徒言行録の記述においては、

ユダヤ教における過ぎ越しの日から50が過ぎたことを祝う祭りの日にあたる五旬祭の日に起こったとされている聖霊降臨の場面に際して、

イエス・キリストが十字架の死から復活してから再び天へと昇っていったのち、キリストのことを思って祈りを捧げていた十二人の使徒たちと彼らを取り囲んでいた数多くの信徒たちの前に、

「炎のような舌」の幻影の姿をして現れた聖霊たちが現れ、その聖霊を自らの魂の内に受け入れた使徒たちは、

本来、自分たちがいまだかつてその地を訪れたこともなければその国の言葉を見聞きしたこともないはずの異国の地異国の言葉

すなわち、世界中の言葉によって、神の偉大な業を語り伝えていったという奇跡とも呼ぶべき聖なる出来事が起こったということが語られていると考えられることになります。

つまり、そういった意味では、

こうしたペンテコステあるいは五旬節と呼ばれるキリスト教における聖霊降臨日は、聖書において書き記されている神の教えが、

ユダヤ教旧約聖書の言葉であるヘブライ語だけではなく、この世界に生きているすべての人々が自らの母国語として話しているすべての言葉によって語り伝えられていくということが示されていくことによって、

キリスト教と呼ばれる宗教が、ユダヤ人という一つの民族だけではなく、この世界の内に生きるすべての民族すべての人々にとっての宗教となった日、

すなわち、世界宗教としてのキリスト教が誕生した日としても位置づけていくことができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:ペンテコステ(五旬節)が実際には復活祭の49日後に祝われるのに復活祭の50日後にあたる日と呼ばれている理由とは?

前回記事:キリスト教で40日と40年が聖なる期間とされる理由とは?旧約聖書と新約聖書において繰り返し現れる40という神聖な数字

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