カントの『実践理性批判』における仮言命法の具体例の記述と道徳法則とならない不完全な倫理規則としての仮言命法の位置づけ

前回の記事で書いたように、カントの主著の内の一つである『実践理性批判』においては、その第一部の第一編の第一章の冒頭に近い箇所において、

仮言命法定言命法と呼ばれるカントの倫理学の根幹をなす概念についての定義が示されていくことになるのですが、

そのすぐ後の箇所においては、

こうした仮言命法と定言命法と呼ばれる二つの命令形式のあり方の具体例として挙げられていると考えられる二つの命題についての考察が進められていくことになります。

カントの『実践理性批判』における仮言命法の具体例についての記述

カントの『実践理性批判』において示されている仮言命法定言命法と呼ばれる道徳的な命令形式のそれぞれに分類される命題の具体例については、

「仮言命法とは何か?」「定言命法とは何か?」の記事などでも簡単に触れましたが、

こうした二つの命令形式のうちの前者である仮言命法に区分されることになる命題の具体例については、

正確には以下のような文脈において、そうした仮言命法に区分されることになる具体的な命題の提示と、その命題の内容についての考察が進められていくことになります。

・・・

例えば、ある人に向かって、

「年をとって生活に困らないためには、若いうちに働いて倹約せねばならない」

と言うならば、これはこの人の意志に対する一つの適切でしかも同時に重要な実践的指示となるだろう。

しかし、この場合、意志の内には欲求の対象として(意志の必然的規定根拠とは)別のあることが前提とされていて、意志はそのことを実現することを目的とするように指示されているというのは誰の目にも明らかである。…

彼が、自分で築いた財産のほかに何か別の財源を見込んでいるのかどうか、彼は自分が年をとって生活に困るということについて真剣に考えているのかどうか、

また、老いて困窮した場合にもそれなりに何とかやり繰りしていけると考えているのかどうか、といったことはすべて彼自身の意志にゆだねられているのである

(カント『実践理性批判』波多野精一・宮本和吉・篠田英雄訳、岩波文庫、50ページ参照)

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・・・

このように、

上記のカントの『実践理性批判』の記述においては、

「年をとって生活に困らないためには、若いうちに働いて倹約せねばならない」

という命題は、その命題を実行するときに、それとは別の何かの目的が前提とされる命法のあり方、

すなわち、

その命題の背後に命題自体の実行とは別の何らかの仮定や条件が含まれる仮言命法として位置づけられる命題のあり方の具体例として提示されていると考えられることになります。

そして、上述したカント自身の言葉のうちでも語られているように、

上記の命題は、その人が自分で築いた財産のほかに何か別の十分な財源が見込まれるような資産家であった場合や、あまり将来の心配はせずにその日その日を好きに生きることを是としているような人物

あるいは、実際に自分が老いて困窮してしまった時にはその時になってから何とかやり繰りしていく方法を見つけていけばいいと考える楽天的な人物だった場合には、

その命題を実際に実行していくことにあまり肯定的な意義を見いだしていくことはできないと考えられることになるのです。

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普遍的な道徳法則としての条件を満たさない不完全な倫理規則としての仮言命法の位置づけ

以上のように、

こうしたカントの『実践理性批判』において示されている仮言命法の具体例として位置づけられていると考えられる命題についての一連の考察においては、

そうした仮言命法に基づく倫理的な規則のあり方においては、命題を実行することを迫られている当人が実際に置かれている状況の違いや、本人自身の性格の違いに応じて、

その命題を実際に実行に移すことが正しいことであるのか、それとも、間違ったことであるのか、ということは容易に移り変わっていってしまうことが示されていると考えられることになります。

そして、そういった意味において、カントの倫理学においては、

「年をとって生活に困らないためには、若いうちに働いて倹約せねばならない」という命題に代表されるような仮言命法としての処世術的な倫理的規則のあり方は、

それ自体として善であるという普遍的な道徳法則としての条件を十分には満たさない不完全な倫理規則のあり方として位置づけられていると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:カントの『実践理性批判』における定言命法の具体例と常にそれ自体として善なる普遍的な道徳法則としての定言命法の位置づけ

前回記事:カントの『実践理性批判』における仮言命法と定言命法の定義と唯一の普遍的な道徳法則としての定言命法の位置づけ

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