形相とは何か?プラトンとアリストテレスの哲学におけるエイドスの概念の捉え方の違い
前回の記事でも書いたように、アリストテレス哲学において自然界におけるあらゆる事物を形づくる構成原理として位置づけられている質料と形相と呼ばれる二つの哲学上の概念のうち、
前者の質料(ヒュレー)と呼ばれる概念は、その大本の源流においては、最初の哲学者であるタレスやアナクシマンドロスにおける万物の始原としてのアルケーの哲学的探究のあり方に起源をもつ概念であり、
それぞれの哲学者たちにおける哲学思想の展開のなかで、その意味が徐々に変遷していった概念であるとも考えられることになるのですが、
質料と対となる概念である形相(エイドス)についても、この言葉を哲学上の概念としてはじめて重視したと考えられるプラトンの哲学とその弟子であるアリストテレスの哲学との間には、
こうしたエイドスと呼ばれる哲学上の概念についての具体的な意味の捉え方に大きな違いがあると考えられることになります。
プラトンの哲学における真なる実在としてのイデアと同一の概念としてのエイドスの位置づけ
アリストテレスの師にもあたるプラトンの哲学においては、
現実の世界における個々の事物をその事物たらしめている真なる実在としての普遍的な観念の存在のことをイデア(idea)と呼んだうえで、
現実の世界におけるあらゆる事物は、そうした現実の世界の背後に存在している真なる実在としてのイデアを分有することによって成り立っているとするイデア論と呼ばれる世界観が提示されていくことになるのですが、
プラトンの哲学においては、そうした真なる実在としての普遍的な観念としてのイデアの存在は、しばしば、エイドス(eidos)という言葉を用いる形でも語られていくことになります。
例えば、
プラトンの対話篇のなかで、「敬虔とは何か」という普遍的な観念としての敬虔の存在、すなわち、敬虔のイデアの存在のあり方についての問答が繰り広げられていくことになる『エウテュプロン』の一幕においては、
宗教家であるエウテュプロンと問答するソクラテスの言葉として、
「僕が求めているのは、敬虔な事柄のあれこれを示してくれということではなくて、すべての敬虔な事柄を敬虔たらしめている、その一つのエイドスそのものを示してくれということだったのだ。」
という言葉が語られていますが、
このように、プラトンの哲学においては、
エイドスという概念は、世界の内に存在するあらゆる事物をその事物たらしめている現実の世界の背後に存在する真なる実在としての普遍的な観念のことを意味するイデアとまったく同じ意味を表す概念として用いられていると考えられることになるのです。
アリストテレスの哲学における現実的な事物の構成原理としての形相(エイドス)の概念
それに対して、
プラトンの弟子であるアリストテレスの哲学においては、
こうした現実の事物のあり方から離れてその背後に存在すると考えられる真なる実在としてのイデアの存在についての議論はいったんわきへと置かれたうえで、
普遍的あるいは個別的な観念としてのエイドス(形相)の存在は、現実の世界を構成するもう一方の原理であるヒュレー(質料)との対比において捉え直されていくことになります。
そして、
「形相と質料の違い」の記事で詳しく考察したように、こうしたアリストテレスの哲学においては、現実の世界におけるあらゆる事物の生成変化において、
そうした生成変化を通じて変わることなく存続し続けている素材や材料となる存在のことを指して質料(ヒュレー)という概念が用いられることになるのに対して、
そうした生成変化の前後において新たに与えられるその事物の姿や形を形づくることになる概念や本質といったものの存在のことを指して形相(エイドス)という概念が用いられていくことになるです。
・・
以上のように、
こうしたプラトンとアリストテレスの両者におけるエイドス(形相)と呼ばれる哲学上の概念の捉え方の違いとしては、
プラトンの哲学においては、エイドス(形相)の存在は、世界の内に存在するあらゆる事物をその事物たらしめている現実の世界の背後に存在する真なる実在としての普遍的な観念のことを意味するイデアと同一の概念として捉えられていて、
それは言わば、現実におけるあらゆる事物を超越した究極の原理として位置づけられていると考えられることになるのに対して、
アリストテレスの哲学においては、そうしたエイドス(形相)の存在は、基本的には、現実の事物のあり方から離れることがなく、
むしろ、もう一方の原理である物質的な素材や材料としての質料(ヒュレー)とセットになることによってはじめて機能することになる現実的な事物の構成原理として位置づけられているという点に、
両者の哲学における形相あるいはエイドスと呼ばれる哲学上の概念の具体的な意味の捉え方の違いを見いだしていくことができると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:実体は形相と質料のどちらの内に求められるのか?アリストテレスの『形而上学』における新たな実体の定義、実体とは?③
前回記事:質料とは何か?アナクシマンドロスからアリストテレスへと続く古代ギリシア哲学における万物の生成の源となる基体の概念
「哲学の概念」のカテゴリーへ
「プラトン」のカテゴリーへ
「アリストテレス」のカテゴリーへ