質料とは何か?古代ギリシア哲学におけるタレスからアナクシマンドロスのト・アペイロンへと至る質料の原型となる概念の展開
前々回の記事でも書いたように、質料と形相という言葉は、どちらも直接的には古代ギリシアのアリストテレス哲学に直接的な起源を持つ哲学上の概念であると考えられ、
アリストテレス哲学においては、こうした質料すなわち古代ギリシア語におけるヒュレー(hyle)と呼ばれる概念は、
個々の物事の生成変化を通じて常に変わることなく存続し続ける素材や材料となる存在のことを意味する概念として定義されていくことになるのですが、
こうしたあらゆる物事の素材となる究極的な存在としての質料(ヒュレー)についての哲学的探求のあり方自体は、
アリストテレスよりもさらに昔へとさかのぼるタレスやアナクシマンドロスやアナクシメネスといった古代ギリシア哲学の黎明期における哲学者たちにおける探求にその大本の源流を求めることができる議論であると考えられることになります。
最初の哲学者タレスにおける質料としての万物の始原の哲学的探究
古代ギリシアにおける哲学の系譜は、
紀元前6世紀のタレスを筆頭とするアナクシマンドロスとアナクシメネスというミレトスの三人の哲学者たちからはじまることになるのですが、
のちに、
質料や形相といった様々な哲学上の概念を定式化し哲学という学問自体の体系化を進めていったアリストテレス自身が、
「最初に哲学にたずさわった人びとのうち大部分の者は質料(ヒュレー)としての原理だけを万物の始原(アルケー)と考えた。…哲学の始祖であるタレスは、水がそれであると語っている。」(アリストテレス『形而上学』第一巻、第三章)
と書き記しているように、
こうしたタレスを筆頭とする最初の哲学者たちの哲学的探究においては、世界を存在させている根源的な原理としての万物の始原すなわち古代ギリシア語におけるアルケー(arche)についての探求のあり方は、
世界の内に存在するあらゆる事物の究極の構成要素にして最も根源的な素材となる究極的な存在としての質料(ヒュレー)について哲学的探求と一致する知の営みであったと考えられることになるのです。
アナクシマンドロスの哲学におけるト・アペイロンと質料との関係
そして、
こうしたタレスとアナクシマンドロスとアナクシメネスというミレトスの三人の哲学者たちのなかで、
アリストテレス哲学における形相と対となる概念としての質料の概念の原型となる哲学思想を提示した哲学者としては、
前述した最初の哲学者であったタレスの弟子にあたる人物であるアナクシマンドロスの名を挙げることができると考えられることになります。
アナクシマンドロスの哲学においては、
アルケーすなわち万物の始原となる存在は、水や空気や火や土といった特定の属性や性質を持つ具体的な事物のうちにではなく、
そうしたいかなる特定の性質や姿かたちも持たないト・アペイロン(to apeiron、無限定のもの)と呼ばれる無限で無規定なもののうちに求められていくことになるのですが、
そういった意味では、
アリストテレス哲学における質料(ヒュレー)概念は、こうしたアナクシマンドロスにおけるアルケーとしての無限定のもののことを意味するト・アペイロンの概念が、
限定されるものとしての質料(ヒュレー)と限定するものとしての形相(エイドス)という対となる概念の区分によって捉え直されていくことによって形づくられていった概念であったと考えられることになるのです。
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以上のように、
アリストテレスの哲学において、個々の物事の生成変化を通じて常に変わることなく存続し続ける素材や材料となる存在のことを意味する質料(ヒュレー)と呼ばれる哲学上の概念は、
古代ギリシアにおける哲学史の流れのなかにおいては、最初の哲学者であるタレスを筆頭とするミレトスの三人の哲学者たちにおける万物の始原としてのアルケーについての哲学的探究のうちにその大本の起源が求められることになり、
そのなかでも、特に、アナクシマンドロスの哲学における無限定のものとしてのト・アペイロンの概念を原型とすることによって新たに形づくられていった概念として捉えることができると考えられることになるのです。
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次回記事:形相とは何か?プラトンとアリストテレスの哲学におけるエイドスの概念の捉え方の違い
前回記事:四原因説とは何か?アリストテレス哲学における人工物と自然界における生命現象の生成変化のあり方を説明する四つの説明方式
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