馬鹿(バカ)と阿房(アホウ)に共通する由来とは?人間の偉大さと愚かさを同時に体現する存在としての秦の始皇帝の存在
前回までの記事で考察してきたように、人間の愚かさのことを示す言葉である「バカ」や「アホ」といった言葉は、その言葉自体の由来としては、
「バカ」の方は、もともと梵語(サンスクリット語)において、無知であることを意味するmoha(モーハ)という言葉の音写として成立した言葉であり、
「アホ」あるいは「アホウ」という言葉の方は、その漢字表記の一方に含まれている呆(ホウ)という字が、もともと知覚や知性の働きが鈍っている状態のことを意味する字であると考えられるように、
それぞれに異なった由来を持つ言葉であると考えられることになるのですが、
それに対して、
こうした「バカ」や「アホウ」といった人間の愚かさのことを示す言葉を漢字で表すときに、「馬鹿」や「阿房」という漢字が用いられるようになった由来については互いに共通する要素を見いだすことができると考えられることになります。
馬鹿(バカ)と阿房(アホウ)に共通する由来としての秦の始皇帝の存在
「ばか」という言葉の語源と、「あほ」という言葉の語源については、それぞれの記事において詳しく考察してきましたが、
そうした一連の流れを改めてまとめておくと、
まず、
紀元前221年に、歴史上はじめて華北と華南を含む中国全土の統一を果たし、それまでのどんな帝王もいまだかつて手にしたことない絶大な権力を手にした秦の始皇帝は、圧政と恐怖政治を敷くことによって帝国を思うがままに動かしていくことになり、
自らの偉大さと権力の大きさを誇示するために、阿房宮と呼ばれる巨大な宮殿の建造を命じることになるのですが、
建築しようとした宮殿の大きさがあまりにも大き過ぎたため、始皇帝はその宮殿の完成を目にする前に死んでしまうことになり、
こうした秦の始皇帝が建設を命じた未完成のままに終わった途方もない大きさの大宮殿である阿房宮が由来となって、
「あほ」という言葉の当て字として「阿房」という漢字が用いられるようになっていったと考えられることになります。
そして、さらに、
こうした秦王朝による圧政と恐怖政治は、始皇帝の息子である二世皇帝の治世においてより悪化していくことになり、
始皇帝の息子であった二世皇帝の治世において、皇帝の後見人として絶大な権力を振るった宦官である趙高(ちょうこう)が、自らの権力の大きさを見せつけるために、鹿を馬と言い張って献上し、周りの人々にもそのことを認めさせたという
馬鹿(バロク)の故事が、「ばか」という言葉を表すのに、「馬鹿」という漢字が用いられるようになった由来へとつながっていったと考えられることになります。
つまり、
こうした馬鹿(バカ)と阿房(アホウ)という言葉がこのような漢字表記において示されるようになった由来をその起源となる中国の故事にまでさかのぼってたどって考えていくと、
なぜか両方の言葉とも同様に、古代中国において絶大な権力をもった強力な支配体制を打ち立てた秦の帝国、そして、その権力の中心に君臨していた秦の始皇帝の存在へと行き着くことになると考えられることになるのです。
人間の偉大さと愚かさを同時に体現する存在としての秦の始皇帝の存在
以上のように、
馬鹿(バカ)と阿房(アホウ)という言葉は、両方とも、秦の始皇帝の時代の前後における古代中国における故事を念頭に置いてこうした当て字が用いられるようになっていったという点において、互いに共通する由来をもった言葉であると考えられることになります。
そして、このように、
秦の始皇帝は、自らが有する絶大なる権力を自由に振るうことによって、阿房宮や万里の長城といったいまだかつて誰も目にしたことがないほどの巨大な建造物をつくり上げていくという偉大な事業を成し遂げていくことになりながら、
求めた宮殿の大きさがあまりにも大きすぎたがゆえに、その完成を目にすることはできず、宮殿自体も未完成のまま敵の手によって焼き払われてしまうことになり、
始皇帝の次の二世皇帝の時代においても、言葉の力だけで鹿を馬に変えてしまうというように、事実とは明らかに異なる主張をした場合でも、自らの言葉の方に事実をねじ曲げて従わせてしまうほどの絶大な権力を持ちながら、
そうした権力があまりにも強すぎたがゆえに、その政治が明らかに間違った方向へと進んでいってしまっていることに誰もが気づきながら、それを指摘することができないままに、
こうした秦の皇帝とその廷臣たちよる専横と傲慢な振る舞いによって、人心は離れ、反乱が続発することによって、
秦王朝は、始皇帝による中国全土の統一からわずか14年でその歴史に幕を閉じ、滅亡の時を迎えてしまうことになります。
そして、こうしたことを踏まえると、
古代中国において絶大な権力を有していた秦王朝、そして、その権力の中心に君臨していた秦の始皇帝と呼ばれる存在は、
一人の人間の意志の力によって、これほどまでに世界を大きく変えていくことができるという人間の偉大さを体現する存在であると同時に、
その存在にまつわる二つの故事のそれぞれが、馬鹿(バカ)と阿房(アホウ)という二つの言葉の由来へとつながっていることからも分かるように、
それは、限りのない権力と欲望の増大が行き着くことになる人間の愚かさをも体現する存在として捉えることができると考えられることになるのです。
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次回記事:完璧の語源とは?①名玉がもたらした趙の国の絶体絶命のジレンマと秦王を欺いた完璧の使者
前回記事:あほ(阿呆)とあほう(阿房)の語源とは?秦の始皇帝による阿房宮の建築において見る人間の偉大さと愚かさ
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