ヘーゲルの発展的歴史観に対する文化相対主義や多文化主義の観点からの批判

前回書いたように、ヘーゲルの晩年の講義録が著作化された作品である『歴史哲学講義』においては、

古代オリエント的な専制政治から、ギリシア・ローマ世界における貴族制、そして、近代ヨーロッパ世界における民主制の実現へと至るまでの国家の政治形態の三段階にわたる弁証法的な発展の歴史が描かれていると考えられることになります。

しかし、こうしたヘーゲルの歴史哲学における発展的歴史観は、その一方で、文化相対主義多文化主義と呼ばれるような現代における文化人類学や社会学的な観点から見ると、

それは、自分が所属している国家や民族のあり方を歴史の進化の頂点にある優れた存在として位置づけることによって、他国や他民族における文化や社会のあり方をより価値が低い存在へと貶めてしまう自民族中心主義へとつながりやすい要素をはらんでいるとも考えられることになります。

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文化相対主義とヘーゲルの発展的歴史観との相違点

文化相対主義(cultural relativismカルチュラル・レラティビズム)とは、

自らが属する国家や民族の文化を他国や他民族の文化よりも優れた最上のものとして考える自民族中心主義ethnocentrismエスノセントリズムに対する批判を通じて形成されていった概念であり、

それは、一言でいうと、現在地球上に存在するすべての国家や民族におけるあらゆる文化は、互いに優劣や善悪といった上下関係のない対等な関係にあると捉える思想のあり方のことを意味すると考えられることになります。

それに対して、冒頭で述べたように、ヘーゲルの歴史哲学において示されている発展的歴史観においては、

オリエント世界(東方世界)から、ギリシア・ローマ世界、そして、ヨーロッパ世界へと世界史の中心となる地域が移り変わっていくのにしたがって、国家のあり方もより優れた政治形態へと発展していくと捉えられることになるので、

そこには、基本的には、オリエントすなわち東洋における国家のあり方よりも、ヨーロッパすなわち西洋における国家のあり方の方がより優れたあり方をしているという

東洋の国家や文化のあり方に対する西洋の国家や文化のあり方の優越を主張するような思想を読みとることもできると考えられることになるのです。

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ヘーゲルの発展的歴史観はエスノセントリズム(自民族中心主義)なのか?

前回も述べたように、こうしたヘーゲルの歴史哲学における発展的歴史観の全容が具体的な形で示されている記述としては、歴史哲学講義における

東洋ではただ一人の人間だけが自由であり、ギリシアとローマでは幾人かの人間が自由であり、我々ゲルマンの世界ではすべての人間がそれ自身として自由であることを知っている」という言葉が挙げられることになりますが、

ヘーゲル自身が上記の記述においてゲルマンの世界という言葉を用いたとき、

それは一義的には、近代ヨーロッパにおいて確立された立憲君主制や共和制といった近代国家における政治形態のことを意味していて、

そこには、直接的には、自分たちの国家や民族や文化が、他国や他民族の文化と比べてより優れているという主張は含まれていはいないと考えられることになります。

しかし、

こうしたヘーゲル自身が用いている「我々ゲルマンの世界では」という言い回しにおけるゲルマン」(Germanという言葉が、

ヨーロッパ系諸民族の祖先にあたる人々に対する総称であるゲルマン民族や、その居住地であるヨーロッパ西部の地域一般、すなわち、イギリス・フランス・ドイツといったヨーロッパにおける近代国家全般を意味する概念から、

より狭義におけるゲルマン、すなわち、自分たちドイツ人Germanジャーマンのことを指す呼称としても解釈されることによって、

近代国家における政治形態という国家制度の形式といった問題についてだけではなく、そうした政治形態を有する国家における文化の内容や、そうした国家を生み出した民族や人種自体の質的な優越性を主張する思想が広がっていく一つの土台が形成されていったとも考えられることになります。

そして、そういう意味では、

さらに言うならば、こうしたヘーゲルの歴史哲学に源流を持つような発展史的あるいは進化論的な歴史観が一つの源流となって、

その後のナチス・ドイツなどにおける全体主義や、ドイツ人の民族としての他民族との質的な差異や優秀性を主張するエスノセントリスム自民族優先主義の思想を生む遠因へとつながっていったとも考えられることになるのです。

・・・

このシリーズの次回記事:ヘーゲルの歴史哲学が示す人類史の発展の構図と現実の世界における歴史の流れとの間に存在する差異と矛盾

前回記事:ヘーゲルの歴史哲学における奴隷制から民主制への国家の弁証法的な発展の歴史

関連記事:文化相対主義と多文化主義の違いとは?多層的な文化の間の平等性を主張する多文化主義との間の共通点と相違点

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