音節文字と音素文字の違いとは?世界の表音文字の分類
前回書いたように、
概念と意味の観点から見た言葉の最小単位は、
文節から単語、そして最終的には
形態素(morpheme、モルフィム)の概念へと行き着くことになりますが、
このシリーズの初回でも考えたように、
すべての文字には、
概念(idea、イデア)と音声(phony、フォニー)の
二つの側面があると考えられます。
そうすると、文字のもう一方の性質である
音声の観点から見るとき、
文字はどのような基本単位から構成されることになるのでしょうか?
音節(シラブル)と音素(フォニム)の関係
表音文字(phonogram)は、
元はギリシア語に語源を持つ”phony“(フォニー、音声)と”gram“(書かれたもの)
が合わさってできた概念で、
一つ一つの文字が表意文字のように具体的な概念やイメージを表すのではなく、
音声のみを表す文字ということになりますが、
こうした表音文字は、さらに、
音節文字と音素文字の二つに大別されることになります。
音節(syllable、シラブル)とは、
ひとまとまりの音として意識される言語の音声単位を示す概念で、
通常は、1個の母音を中心として、その前後に0個以上の子音が連結する形で
一音節が構成されることになります。
例えば、
平仮名の「あ」(a)は、
1個の母音だけで一音節が構成されていますが、
「か」(ka)や「さ」(sa)は、
1個の子音+1個の母音という子音と母音の連結で
一音節が構成されることになります。
一方、
音素(phoneme、フォニム)は、
言語における音声の最小単位を表す概念で、
母音(日本語ではa,i,u,e,oの5つ)と
子音(日本語ではk,s,t,n,h,m,y,r,w,nなど)とに大別され、
それぞれの母音および子音の一つ一つが
一つの音素に対応することになります。
そして、
表音文字のうち、一つの文字が一つの音節を表す文字が
音節文字(syllabary)と呼ばれ、
それに対して、
一つの文字が一つの音素を表す文字が
音素文字(phonemic script)と呼ばれることになります。
つまり、
音節文字の一文字が
子音と母音のセットに対応しているのに対して、
音素文字の一文字は、
一つ一つの子音や母音そのものに対応しているということです。
世界の表音文字の分類
そして、
こうした音節文字と表音文字という二つの文字体系の方式にしたがって
世界の主要な表音文字を分類すると、以下の表のようになります。
上記の表で示したように、
音節文字には、
日本語の平仮名や片仮名、
ネイティブ・アメリカン(Native Americans、かつてはインディアンとも呼ばれていたアメリカ先住民)の一部族であるチェロキー族が独自に開発した文字である
チェロキー文字、そして、
古代ギリシアのミケーネ文明の人々が使用していた
線文字Bなどが分類され、
それに対して、
音素文字には、
ラテン文字(ローマ字)やギリシア文字、
フェニキア文字やヘブライ文字、アラビア文字など、
世界の大多数の文字が分類されることになります。
・・・
以上のように、
世界中に存在するすべての表音文字は、
音節文字か音素文字かのいずれかに分類されることになるのですが、
それぞれの陣営に分類されている文字の顔ぶれを見る時に、
音素文字には、ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸の大部分の国々が使用する
ラテン文字(ローマ字)やギリシア文字、
さらに、イスラム教の聖典コーランに記されているアラビア文字や、
キリスト教の旧約聖書に用いられたヘブライ文字といった
そうそうたる顔ぶれが並んでいるのに対して、
音節文字の方には、日本語の平仮名と片仮名の他には、
ネイティブ・アメリカンの一部族の文字であるチェロキー文字や、
2000年以上のはるか昔に滅亡した古代文明であるミケーネ文明の線文字B
くらいしかめぼしい文字がないので、
音素文字に比べて、音節文字はかなりの少数派であり、
その陣営の層の薄さは否めないところがあります。
このような経緯もあり、
江戸末期に前島密(まえじまひそか、日本の郵便制度の創始者)らが唱えた
漢字廃止論にはじまった日本の言語改革運動は、のちに、
日本語の全表記のローマ字化を求める運動にまで
発展していくことにもなるのですが、
果たして、
言語における音声の最小単位にまで分解された
機能的でシンプルに洗練された文字である音素文字は、
その音声の分解の途中段階に位置する音節文字よりも
優れた文字体系であり、
音節文字である仮名文字や表語文字である漢字は、
音素文字であるローマ字よりも劣った原始的な文字である
ということになってしまうのでしょうか?
次回は、
こうした言語を表現する効率性という観点から見た
文字の機能的な優秀性について、
平仮名や片仮名とローマ字のどちらがどのような意味で
より優れた機能的な文字であると言えるのか?
という
音節文字と音素文字の優劣の比較について
詳しく考えてみたいと思います。
・・・
このシリーズの前回記事:表意文字と表語文字の違いとは?絵文字(ピクトグラム)と象形文字(ヒエログリフ)の差異
このシリーズの次回記事:平仮名(音節文字)とローマ字(音素文字)の効率性から見た優劣の比較
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