平仮名(音節文字)とローマ字(音素文字)の効率性から見た優劣の比較
前回の最後で取り上げた
音節文字と音素文字のどちらの方式の方が、
より効率的で機能的な文字体系と言えるのか?
という問いについて
整理して突き詰めていくと、
それは結局、
同じ文の内容を表現するのに、
音節文字と音素文字では、どちらがの方が
より簡略に表記でき、かつ、少ない文字数で済むのか?
という問題に行き着くと考えられます。
そこで、今回は、
こうした文字としての表記の効率性という観点から
音節文字と音素文字、平仮名とローマ字の
優劣の比較について考えてみたいと思います。
文字の簡略性は種類数に比例する?
文字をより簡略に素早く表記することができるためには、
その文字体系に含まれる一つの一つの文字の識別要素が少なく、
文字の形が単純かつ簡明で複雑性が低いことが必要となると考えられますが、
こうした文字の簡略性は、大まかな傾向としては、
その文字体系に含まれている文字の種類の少なさに比例することになります。
例えば、
モールス信号のように、表記する文字記号の種類がたった二種類でよいならば、
短点「・」と長点「-」という極めて単純で簡略な表記で済むのですが、
漢字のように、日本で使われている常用漢字だけでも
2136字にも及ぶ膨大な文字の種類から成る文字体系となると、
同じ文字体系内での互いの文字の違いを明示するために、
一つの文字に付加される識別要素の数が増えていき、
文字の形の複雑性がどんどん増していくことになります。
そして、
しまいには、「鬱」(「憂うつ」や「うつ病」の「うつ」の漢字、ちなみに29画で日本の常用漢字の中では最多画数)のような
この漢字1字を書いている間に、
モールス信号だったら軽く10字以上は書けてしまいそうな
複雑で繁雑窮まる文字が増えていってしまうことになるのです。
このように、
文字をより簡略に素早く表記するためには、
その文字体系に含まれる一文字一文字の形の複雑性が低く、
単純かつ簡明な形をしていることが求められますが、
こうした文字の簡略性は、文字の種類数の少なさに比例することになり、
したがって、
文字の表記がより効率的で機能的であるためには、
文字体系に含まれる文字の種類数がより少なく、
同じ文内容を表記するのに必要な文字の総数もより少ないことが
求められることになるのです。
文字の種類数から見た音節文字と音素文字の優劣の比較
そこで、
音節文字と音素文字のそれぞれの文字体系における文字の種類数と、
同じ文の内容を表すのに必要となる文字の総数のそれぞれについて比べてみると、
それは以下のようになります。
まず、文字の種類数については、
音節文字では、
日本語の平仮名や片仮名は、五十音と言われるように、
50種類の文字で構成されていますが、
同じく音節文字である
チェロキー文字は85種類の文字から成っていて、
古代文字の線文字Bも、表語文字としての機能を担っていた一部の文字を除くと、
音節文字の体系としては、87種類程度の文字から成っていたとされています。
それに対して、
音素文字では、
ローマ字(ラテン文字)は
26種類の文字で構成されていて、
ギリシア文字も、現代の文字体系においては、
24種類の文字から成っています。
つまり、
上記の例にならって、
音節文字の文字の種類を50~87字程度、
音素文字の文字の種類を24~26字程度とすると、
音節文字は、音素文字と比べて
1.9倍~3.6倍多い文字の種類数を有することになり、
平仮名とローマ字のみで比べると、
平仮名は、ローマ字と比べて
約1.9倍多い文字の種類数を有する
ということになるのです。
同じ文内容の表記に必要な文字数から見た平仮名とローマ字の優劣の比較
一方、
今度は、同じ文の内容を表記するのに必要となる文字の総数について
比較してみると、それは以下のようになります。
例えば、
前々回の記事で、言葉を形態素まで分解するときの例として挙げた
「神は不滅性を有する」という文について考えるならば、
この漢字と仮名混じりの文を
すべて音節文字である平仮名で表記すると、
「かみはふめつせいをゆうする」となり、
13文字で表記されることになります。
これに対して、
同じ文を音素文字である
ローマ字で表記すると
「KAMIHAHUMETUSEIWOYUUSURU」となり、
24文字※で表記されることになります。
※上記のローマ字表記は、物理学者の田中舘愛橘(たなかだてあいきつ)によって定められた日本式ローマ字表記に基づきますが、アメリカ人医師のジェームス・カーティス・ヘボンが定めたヘボン式ローマ字表記に基づくと平仮名の「つ」のローマ字表記は「TU」ではなく「TSU」となるので、上記の文全体は24文字ではなく、25文字のローマ字で構成されることになります。
つまり、
この文の場合は、
同じ文内容を表現するために、
音節文字である平仮名では13文字で済むのに、
音素文字であるローマ字では24文字も必要となり、
ローマ字は、平仮名と比べて、同じ文内容を表記するために
1.85倍多い文字数が必要となるのです。
もう少し全体の文字数が多い文章を例とするならば、
例えば、
この記事の冒頭部の文章(「前回の最後で取り上げた…」から「…考えてみたいと思います」まで)の句読点除いた文字数は全部で213字ですが、
これをすべて平仮名で表記すると274文字、
さらにそれをすべてローマ字で表記し直すと481文字となり、
この文章の場合、ローマ字表記の方が平仮名表記よりも
1.76倍多い文字数が必要となります。
つまり、上記の例に基づくと、
同じ文内容を表現するのに、
音素文字であるローマ字は、音節文字である平仮名と比べて
約1.8倍多い文字数を必要とすることになるのです。
・・・
以上のように、
ローマ字は平仮名と比べて約1.9倍文字の種類数が少なく
その分一文字一文字の簡略性が高い文字ということになるのですが、
その一方で、
同じ文内容を表現するのに
ローマ字は平仮名と比べて約1.8倍多い文字数を必要とすることになり、
その分文全体の冗長性が高い文字ということにもなります。
つまり、一般に、
音素文字であるローマ字の方が
音節文字である平仮名よりも、
文字の種類は少なく、そのため、
一文字一文字はより簡略な形状の文字表記で済む代わりに、
同じ文の内容を表記するために必要となる
実際に使用する文字の総数は増えてしまうということです。
したがって、
音節文字と音素文字、平仮名とローマ字の
どちらの方がより効率的で機能的な文字なのか?
という二つの文字体系の優劣の比較については、
一文字一文字を書く手間が少なくて済むという点においては、
音素文字が音節文字に優りますが、
書く文字数がより少なくて済む分労力が減るという点においては、
音節文字の方が音素文字に優るという
互いに痛み分けの結果に終わることとなるのですが、
それは、結局、
音節文字や音素文字といった
現在存在している文字体系同士の間には、
本質的な優劣関係は存在せず、
歴史の流れの中で、それぞれの民族の言語体系に合った
文字体系の方式が選ばれてきたという
適者生存、自然淘汰的なところに
議論が帰着すると考えられることにもなります。
つまり、
生物の進化において、
過去に絶滅してしまった生物については、
生物の生存競争に基づく自然選択によって淘汰され、
より環境への適応に優れた種族が現在まで生き残ってきたと
考えることはある程度可能ではあるものの、
現在まで生き残っている種族同士については、
そのすべての種族が過去の生存競争を経て生き残っている以上、
そこに種族同士の本質的な優劣関係はなく、
現代に生きているすべての生物の種が
等しく進化の最先端に位置していると考えられるように、
言語や文字の進化においても、
現在存在している文字体系や言語体系同士の間には、部分的な優劣はあっても、
本質的で全体的な優劣関係は存在せず、
音節文字や音素文字といったあらゆる文字体系の区分を含めた
現在存在するそれぞれの民族の文字は、そのすべてが
同等に優れた効率性と機能性を備えた等しく洗練された文字である
と考えられるのです。
・・・
このシリーズの前回記事:音節文字と音素文字の違いとは?世界の表音文字の分類
このシリーズの次回記事:アルファベットの語源と広義と狭義におけるアルファベットの違いとは?音素文字の細分化①
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