仮説形成(アブダクション)の具体的な意味と演繹的推論(ディダクション)との推論の方向性の違いとは?
前回書いたように、アブダクション(abduction)という言葉自体の語源は、ラテン語において、あるものの内から何かを引き離したり取り出したりすることを意味するabductio(アブドゥクティオ)という単語に求められることになり、
こうした論理学におけるアブダクション(仮説形成)の具体的な意味とは、一言でいうと、
現実の世界の内で生じている様々な現象を合理的に説明するために、個別的な現象の内からそうした現象が成立するための前提となる普遍的な仮説理論を導き出すことにあると考えられることになります。
ところで、以前の記事でも述べたように、
学問における論理的な推論は、大きく分けると演繹的推論(ディダクション)と帰納的推論(インダクション)と呼ばれる二通りの推論のあり方に分類することができると考えられることになるのですが、
こうした演繹的推論(ディダクション)と帰納的推論(インダクション)、そして、仮説形成(アブダクション)と呼ばれる三つの推論のあり方には、それぞれ具体的にどのような意味の違いがあり、三者の論理の間には互いにどのような関係が成立していると考えられることになるのでしょうか?
まずはじめに、今回は、こうした三つの推論のあり方の内の演繹的推論(ディダクション)と仮説形成(アブダクション)の関係について考えてみたいと思います。
演繹的推論と仮説形成における推論のあり方の具体的な違いとは?
まず、演繹的推論(ディダクション)と仮説形成(アブダクション)における推論のあり方の具体的な違いとしては、
演繹的推論においては、前提となる定義や仮定からの必然的な論理展開によって結論が導き出されることになるのに対して、
仮説形成においては、実験や観察によって得られた結論の側から、その結論となる現象を合理的に説明する仮定となる理論についての推論がなされるということが挙げられることになります。
例えば、数学や論理学といった学問分野においては、基本的にはすべて演繹的推論によって命題の証明や理論の立論がなされていると考えられることになりますが、
その中でも、一例として、「三角形の内角の和が180度」であるという命題の証明について考えてみることにします。
すると、この命題の証明においては、まず、ユークリッド幾何学における平行線公理を前提とすることによって、そこから得られる錯角と同位角の定理を用いた必然的な論理展開によって「三角形の内角の和が180度」であるという結論が導き出されることになるので、
これは仮定あるいは定義された前提から結論を導出するという演繹的推論にあたる推論のあり方であると考えられることになります。
仮説形成(アブダクション)における実証的データに基づく理論の形成
それに対して、
例えば、物理学や天文学における天動説や地動説といった理論は、上記のような演繹的推論ではなく、仮説形成と呼ばれる推論のあり方に基づいて立論がなされていると考えられることになります。
物理学や天文学といった自然科学の学問分野においては、実験や観察によって得られた実証的なデータが重視されることになりますが、
上記のような天動説や地動説といった理論の立論においても、まず先にあるのは、「太陽が東から昇って西へ沈む」といった単純な経験的事実を含む太陽や月や星といった天体の運行についての実証的な観測であると考えられることになります。
そして、「太陽が東から昇って西へ沈む」という観測された現象を合理的に説明するためには、
その観測された見た目の動き通りに、太陽が地球の周りをくるくる回っているのか、その反対に、地球の方が太陽の周りを回っているのかのいずれかであると考えられることになるので、
それぞれの考え方に基づいて、天動説と地動説という二つの仮説理論が形成されることになると考えられることになります。
そして、その後に得られたより厳密な天体観測のデータに基づいて両者の理論についての詳細な検証が進められていったことによって、現代の科学においては、天動説ではなく地動説の方がより正しい理論として認められることになったと考えられることになるのです。
つまり、仮説形成(アブダクション)と呼ばれる推論のあり方においては、
まず、実験や観察によって観測された結論となる現象の側から、その現象を合理的に説明するための仮定となる理論が考え出されることになり、
そこからさらに厳密で詳細な実験と観察を繰り返し行うことによって得られる仮説理論についての実証的な検証に通じて、
より合理性と確実性の高い仮説形成がなされることになると考えられることになるのです。
演繹的推論と仮説形成における推論の方向性の違い
以上のように、
演繹的推論(ディダクション)と仮説形成(アブダクション)における推論のあり方の具体的な違いとしては、
演繹的推論においては、前提となる定義や仮定から、必然的な論理展開によって結論が導き出されるのに対して、
仮説形成においては、結論となる現象の方から、その現象を合理的に説明するための仮定となる理論が導き出されるという点に、
両者の推論における方向性の違いがあると考えられることになります。
つまり、
演繹的推論が前提から結論を導出する推論であるのに対して、仮説形成は、それとは逆向きに、結論の側から前提となる仮説理論を導出する推論であるという意味において、
一言でいうと、
仮説形成(アブダクション)とは、演繹的推論(ディダクション)とは逆向きの方向へと働く推論の形態であると捉えることができると考えられることになるのです。
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次回記事:仮説形成(アブダクション)と帰納的推論(インダクション)の違いとは?経験的事実の背後にある仮定への遡及としての仮説形成
前回記事:論理学におけるアブダクションの語源と具体的な意味とは?ラテン語のアブドゥクティオの意味と論理学との関係
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